ロングステイ・オーストリア

お客様からの声


当社をご利用いただいたお客様からのご感想を掲載いたします。
ロングステイ・オーストリアのご利用を検討される際の参考になれば幸いです。

上野谷美十里様 (広島市在住)


2024年4月20日   


一週間の至福なウィーン旅行
 
  
 

イップ常子さん、今回は素晴らしいガイドをありがとうございました。イップ常子さんのおかげで、忘れられない思い出の旅となりました。旅行前からLINE通話で何度かお話をさせていただき、フレンドリーでパワフルな元気な声で、こちらの希望を叶えたいという情熱を感じていました。イップ常子さんとは空港でお会いしハグからはじまりました。

主人が音楽・美術好きということもあり、ウィーンは夫婦共にいつか行きたい街でした。5年前、ガイドブックを買って旅行を検討していましたが、コロナで断念。今年5月の娘の出産前に行こうと思い付きのように、今年に入ってから飛行機のチケットとホテル、オペラ座の公演の予約をしました。

常子さんとのご縁は、主人がオーストリア協会の会報の常子さんの記事を思い出し、事務局に問い合わせ運よくご紹介いただいたことでした。

ウィーンでは毎朝9時にホテルへのお迎えからスタートです。大まかなスケジュールは事前に決まっていましたが、その日に臨機応変に対応いただくこともありました。たとえば、市内観光で音楽家の銅像を見ていた時、主人が「銅像より、お墓に行きたい。」と言うと「では、中央墓地に行きましょう。すぐですから。」と即答。イップさんの車で30分ほど走って、墓地へ。まるで公園かと思うほど整備された広大な墓地で音楽家達のお墓参りができました。その日はとても暑い日で、3人でアイスクリームを食べたこともいい思い出です。

観光中も車の中でも、ずっとしゃべりっぱなしの常子さん。聞いた事にはなんでも答えてくださり、どの作品についてもわかりやすく詳しいご説明で、よくお勉強されていると感じました。

     
 

イップさんは50年前にオーストリアに嫁ぎ、専業主婦として3人のお子さんの子育て中心の生活だったそうです。子育てが落ち着いた頃、あるガイドさんとの出会いで、ガイドさんを目指されたそうです。学校に通いガイドさんの国家資格を取る事は大変だったそうですが、天職に出会われたと思います。

また、イップさんのご自宅に招いていただいたことも、これまでの観光旅行ではない経験でした。

ゴルフ場に面した、素敵なお宅のお庭でのお好み焼きパーティーはとても楽しかったです。優しいご主人様が、海老フライをあげ、フルーツパフェを作るなどのおもてなしをくださり感謝の気持ちでいっぱいです。ご自宅の地下には、お子さん、お孫さんと受け継がれている手作りの指人形の舞台などがあり、常子さんが愛情いっぱいに子育てを楽しまれてることに感動を覚えました。

観光はもちろんのこと、今回多くのプラスアルファの経験ができたのも、個人旅行でガイドさんが常子さんだったからです。ウィーンが大好きな街になりました。主人とはすでに次回の話もしています。

今年の夏は、長男さんのお仕事とイップさんの結婚50周年でイップさんが日本に長期滞在される予定とのことで、再会を心待ちにしています。

ウィーン旅行を検討されている方、ガイドさんはイップ常子さんを自信を持ってオススメいたします。

改めて、今回は素敵な旅をありがとうございました。

上野谷 美十里

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加藤 貴史様(東京都北区在住)


2024年2月24日   


Zoomオンライン講演(第一部Aと第2部B)を拝聴して
 
  
 

第一部A ナポレオン失脚後のウィーン会議 1814年「会議は踊る、されど進まず」

第2部B女性初ノーベル平和賞受賞者ベルタ・フォン・ズットナー女史(1843‐1914没 ) ベストセラー「武器を捨てよ」

今回も興味ある講演をありがとうございました。

「会議は踊る!、されど会議は進まず・・・」

まさに中世から近世にかけての王族や貴族達の栄華を表す内容だったと思います。

(自分がその場にいたら、呆れ返っていたかもしれません)

 
  
 

各々の領土の拡大と奪還、それに野心と欲望が交じり合っての会議は各参加者の“腹の探り合い”という内面がよく理解出来ました。

現在では先の二度に渡る大戦を経ての教訓から、欧州連合の参加国が力を合わせて「ヨーロッパ域内の平和と団結」に向けて切磋琢磨をしているところですが、その点で傍でみますと当時のウィーン会議はなにか優雅で華やかな時代に生きている人達の様子が想像できました。

(ナポレオンによる戦争が勃発しても、良き時代だったのでしょうか)

写真や版画でみても、オーストリー・ドイツ・フランス・イギリスにスペイン・ロシア人の顔立ちが同じようにみえて、そういうところも欧州に興味を抱いている理由の一つです。

次回の講演も楽しみにしていますので、よろしくお願いいたします。

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河合慶子様(栃木県日光市在住)


2024年2月24日   


Zoomオンライン講演(第一部Aと第2部B)を拝聴して

第一部A ナポレオン失脚後のウィーン会議 1814年「会議は踊る、されど進まず」


第2部B女性初ノーベル平和賞受賞者ベルタ・フォン・ズットナー女史(1843‐1914没) ベストセラー「武器を捨てよ」

2月24日(土)の講演には、いつもと変わらず、大変エネルギーが感じられる講義で常子先生の熱心さと迫力が伝わり、元気をいただきました。ありがとうございま した。

 
  
 

第一部では1814−1815のウイーン会議の実態が映像と共に紹介されて大変興味深く理解出来ました。どこの国も、歴史の流れの中で、今までは三歩後退して は四歩進んで民主主義の確立に向かっていると思っていましたが、実体は後退に向かっている気がしています。

日本も権力主義が源流にあり、今の国会の情けない状態に これからバトンを受け継ぐべき若い人達に夢とか希望が持てないのではないかと危惧されます。すべて小さい時からの人材育成、そのための環境づくりにかかっているの ではないでしょうか。一方で、争いの絶えない政治国家から目をそらして、日常的な物に目を向け探求する風潮が出た、ビーダーマイヤー時代、市民階級の確立、芸 術の誕生という話は重要であり、面白いと思いました。

第二部ではノーベル平和賞の女性第一号のズットナー女史に焦点が充てられ、彼女の生い立ち、人生経験から世界平和を訴え続けた生き様を知ることが出来ました。彼 女は小説『武器を捨てよ』を世に出す一方、堪能な語学力と説得力のある話し方が彼女の活動の武器になったことも良く理解できました。

今のロシア侵攻で犠牲になって いるウクライナ、イスラエルとパレスチナの紛争、世界ではまだまだ数多くの紛争地域があります。

常子先生の力強い平和確立への使命感が響いてきます。『戦争は人 間の心の中で生まれるのだから、平和の砦も人間の心が築かなくてはならない』とユネスコ憲章も謳っています。

戦争は誰にとっても悲劇以外の何物でもないこと。平 和の尊さをかみしめています。

ありがとうございました。

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Ms. R.W様(ウィーン在住)


2023年11月15日   


「日本とウィーン〜古伊万里を巡るお城の物語」
 
  
 

このたび、イップさんからお誘いいただき、ウィーン郊外にあるロースドルフ城を訪問する機会に恵まれました。1000年の歴史があるロースドルフ城については、2020年〜2022年に日本での特別展「海を渡った古伊万里〜ウィーン、ロースドルフ城の悲劇」が東京ほか日本各地で開催されていたことを最近伺い、ぜひ一度訪れて見たいと思っていたところ、タイミングよくイップさんがツアーを企画してくださるということを知り、参加しました。


当日は秋を感じさせるひんやりしたお天気で、小雨も一時降り肌寒い日でしたが、当地在住日本人を中心とした約30名の方々を乗せたバスは、ウィーンを北上し、予定どおり1時間ほどでのどかな田園地帯にあるロースドルフ城に到着!城主のピアッティ家の皆さんが笑顔で我々を迎えてくれました。

城内に入ると、古伊万里をはじめとする陶磁器のコレクションの破片がところ狭しと展示されており、まずその数に圧倒されました。展示されている陶片は第二次世界大戦終結後に侵攻してきた旧ソ連軍に破壊されたものだそうですが、個々の陶片を収集し、被害状況等の調査を含め丁寧に記録を行い、データベース化していることを伺い、ピアッティ家のご苦労がしのばれるとともに、展示を通して当時の方々が体験された悲しみや苦悩を多少なりとも想像することができました。

 
  
 

破壊された陶片を廃棄することなく城内で大切に保存され、戦争の負の遺産として展示されてこられたピアッティ家の特別な思いに尊敬の念を感じざるをえません。

更に、イップさんより、現在日本の茶道裏千家教授によるチームがこれらの陶片を「古伊万里再生プロジェクト」として、日本の修復技術を用い復元する取り組みが行われていること、そしてその取り組みが前述した特別展等の形になり、日墺間の文化・芸術交流及び平和活動に発展していることを伺い、感銘をうけました。

国際情勢は先が見えず、混沌としています。戦争が過去のものと言えなくなっていることに深い悲しみを覚えます。

このたびのロースドルフ城の訪問をきっかけに、改めて平和を維持することへの重要性を強く感じるとともに、また日墺間の交流が活発に行われていることを知り、未来へのいくばくかの希望を持つことができたことは展示の内容とともに忘れがたい思い出となりました。

イップさん素晴らしいツアーを企画いただきありがとうございました。

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鈴木カツヒロ様・ナオコ様(ウィーン在住)


2023年9月20日   


初めてのヨーロッパの70代の母を連れてのウィーン旅行をしました。
 
  
 


ウィーン「美術史美術館」はぜひゆっくりと解説を聞きながら回ってみたいと思っていたので、今回イップさんにガイドをお願い致しました。

最初のチケット購入からサポートしていただき、すべてがとてもスムーズでした。

とにかく広く、展示がたくさんあるので、人気で有名な絵にポイントを絞って解説していただきました。

宗教画が多く、自分たちだけではどれも同じに見えてしまいそうですがイップさんは描かれている人々の表情や時代背景など、時にはクイズも織り交ぜながら、ガイドしてくださいました。

高齢母を気遣い、時にはソファーに座って遠くからじっくり絵画を眺めたり、トイレ休憩など細かな気配りもありがたかったです。

宝物館のコーナーでも、高価すぎて一度盗まれてしまったエピソードなど、面白いお話がたくさんであっという間の3時間でした。

 
  
 







現在は大きな美術館や博物館では、日本語の音声ガイドもありますが、やはり教科書通りの説明は味気なく感じられることも多いです。

イップさんの豊富な知識と経験とオーストリア愛に満ち溢れた解説は本当に面白くて、楽しく、素敵な旅の思い出となりました。

特に母が美術館はこんなに楽しいものなのねと感激していたのが印象的でした。

イップさんにガイドをお願いして本当に良かったです。

ありがとうございました。











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角田秀晴様・優子様(大阪府松原市在住)


2023年4月15日   


東京都美術館 「エゴン・シーレ 展」
 
  
 

日本は桜の盛りです。今年は温暖のようで、例年より早く桜が咲き始めました。大阪の桜は満開が過ぎて、今日の雨で終わりそうです。

3月30、31日に、久しぶりの墓参りと東京に住む息子一家を訪ねて東京へ行ってきました。

東京では、上野公園の東京都美術館にエゴン・シーレ展を見に行きました。ウィーンのレオポルド美術館にある作品です。「ほおずきの実のある自画像」や「自分を見つめる人U(死と男)」、「母と子」などシーレの作品の他に、ゲストル、ココシュカ、クリムトなど同時代の作家の作品が展示されていました。館内への入場は1時間区切りの予約制で、ネットで予約して行きました。

 
  
 

ウィーンといえば、ハプスブルグ家のきらびやかな建築、美術品や絵画ばかりが思い浮かびます。しかしウィーンという大都会に住んだ庶民の生活もあるはずです。

エゴン・シーレ(1890ー1918)が生きた頃のウィーンは、近代化や人口増加など、世紀転換期混乱の真っ只中にありました。伝統的な時代主義から訣別して分離派を作ったクリムトには、まだウィーンらしい伝統的で装飾的な美しさがあります。しかし、誇張されたほお骨や、画面の中に不自然に折り込まれて描かれた手足など、シーレの絵からはウィーンに生きる青年の不安や苦悩のようなものが感じ取れました。これは、ムンクなどにも共通した表現です。

美術館がある上野公園の桜は見事で、桜並木の下を何十年かぶりに散策しました。翌日、息子一家と、浅草、浅草寺に行きました。新型コロナの時は人もまばらだった浅草も、身動きができない程の人出で、外国人観光客の多さに驚きました。欧米人が多く、以前は多かった中国系の人たちはまだ、まばらでした。

大阪に帰ってからは、近くに住む娘一家と例年訪れる、同じ公園にお花見に行きました。孫たちも、この4月からは小学校3年生になります。そして私は、3月で退職して年金生活に入ります。

毎年、美しく咲き、そして散りゆく桜と同じように、人々の生活も、また少しずつ、少しずつですが時代は変わっていきます。

エゴン・シーレはスペイン風邪のため、妻の後を追うようにして、わずか28歳で亡くなりました。

角田秀晴

 
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白坂芳子様(大阪市在住)


2023年3月20日   


フンダートヴァッサーのご講演を拝聴して
 
  
 

この度は、大変エキサイティングなご講演をお聴かせ頂き、有難うございました。まずはお礼を申し上げます。

イップ様のとてもドラマティックなご講演が日本時間の20時に終了した後、興奮冷めやらず、YouTubeでフンダートヴァッサー氏の動画を探し回る旅に出発し、気づいた時には夜中の12時を回っており、入浴を諦めざるを得なかったことを、ここだけのお話として記載させて頂きます(笑)

日本語のYouTubeの動画が非常に少なく、例えばグスタフ・クリムトやエゴン・シーレほどにフンダートヴァッサー氏が日本ではあまり知られていないことを残念に思いました。

私し自身もまったく聞いたことのないお名前でしたので、日本での彼の知名度について、私が何かを申し上げることの出来る立場ではないのですが。

ご講演の最初の方に、フンダートヴァッサー氏の自画像がエゴン・シーレの自画像と並んでプレゼンテーション画面に映し出された時、あまりに衝撃的で思わず声が出てしまいました。(似てる!!と。)

そして、日本人の女性と一緒に映った写真の彼の表情が、エゴン・シーレが写真に写る時のお決まりの顔、つまり顎を引いて上目遣いを決め込んだ表情と全く同じだったことにも、彼のエゴン・シーレに対するリスペクトと憧れの強さを感じました。

また、彼の絵画の中に多く登場する「モザイク感」を見た時には、クリムトの人物画の背景が重なりました。それと同時に、ルネサンス以前の聖書のシーンを再現するために描かれたモザイク画や、ゴシック建築の教会に見られる優雅なステンドグラスも思い浮かびました。今回のご講演でご紹介頂いたどの絵画も、私にとっては目が離せない程魅力的で、これほど実物の絵画の前に立ってみたいと思うことは珍しく、イップ様に多くの作品をご紹介頂けたことを、心より感謝しております。

ご紹介頂いた絵画の中に、建築現場で作業員の方が屋上からおしっこをしている絵画がありました。私は、仕事柄、多くの建築現場で工事の立ち合いを行ってきた経験があるのですが、あの行動(トイレに行くのが面倒でその場でおしっこをしてしまう、という行動)が、いかに現実の作業員の行動や心理を活き活きと描き出しているのかが、自身の実体験から痛いほど分かりました。例えば、10年前には、日本において、建築現場に女性が入る機会はあまりなかったため、私たち女性にとって、建築現場は、男性よりも過酷な場所でした。

作業服や作業靴は男性サイズしかなく、着替えも女子用の更衣室などないため、男性と一緒、そして女性用トイレもありません。あったとしても、広い工事現場の片隅に1箇所ある程度のもので、トレイに行って帰ってきたら、またトイレに行きたくなる、というジョークのような状況の連続でした。

 
  
 

私は、フンダートヴァッサー氏のこの観察眼に感動を覚えました。彼の絵画は決して写実的ではないのですが、どのような写実的な絵画よりも、人の習性や気持ち、行動を写実しているのではないかと。鋭くも愛に満ちた観察眼であらゆるものを観察し、それを出来るだけ単純化、記号化して表現する。それが風刺的なことであっても、決してよくある風刺画のように辛辣で冷たく見えないのも、彼の暖かく優しい心が絵に通っているからだと思いました。

建築においても、そのような彼の人柄と思想が作品に反映されていることを感じます。住宅や公共施設を多く手掛けられているのをご紹介頂きましたが、どの作品にも生き物や地球に対する愛があふれているのを感じます。大阪舞洲のスラッジセンターは自宅から自転車で行くことの出来る距離にあります。また、大阪市のキッズプラザは、息子が幼少期に何度も通っていた場所です。舞洲のスラッジセンターが建築されていた頃には、「あれは何の建物だろうね?」と、人工島に突然現れた奇抜な色の愛らしい建築物を、小さな息子と一緒にしょっちゅう見上げていた記憶があります。近くにユニバーサルスタジオが建築予定になっていた時だったので、息子共々、USJのアトラクションの一部と勘違いしていたことを思い出します。

なつかしさにかられ、イップ様のご講演の翌日、仕事で近くを通りかかったので、舞洲スラッジセンターに立ち寄ってみました。結論から申し上げますと、非常に残念な気持ちになりました。

建築されてから18年近く経過しているようなのですが、人の気配がまったくなく、周囲の環境も殺伐としているので、建物からは静かな不気味さを感じました。手入れがきちんとされていないのか、蔦は伸び放題、建物のひび割れも放置され、また、窓からのぞく草木(ご講演の時にも話されていた、日光や雨が自然に入ってきて育つ草木)も、「しな垂れている」印象でした。遠景はとても美しく、目立って印象的なのですが、埋立地という場所柄もあり、廃墟のような寂しさを感じます。

日本では、美術や建築物に対するリスペクトがとても乏しいような気がします。大阪市も長らくの財政難で、建築物の保護にまで頭が回っていないのかもしれません。

もともとそのような意識が低いので、民間に維持管理を委託するなどの手段を取るべきなのではないかと思いました。

今大阪市の政策の目玉となっている「IR事業」において、この舞洲にカジノの一部が建設される可能性があるようです。また、2025年の万博博覧会開催に向けて、フンダートヴァッサー氏の作品の周辺で工事が進んでいる状況です。

近い未来のこのような計画によって、この素晴らしい建物がもう一度明るく輝く日が来ることを願わずにはいられません。

最後になりますが、イップ様がご講演の冒頭でお話されていた「エゴン・シーレ展」ですが、わたくしも観賞予定にしております。幸運なことに、協賛しているゼネコンの方から鑑賞チケットを頂きました。今回は巡回展ではなく、東京限定ですが、3月中に機を見て訪問したいと考えております。シーレの他にも、多くのアーティストの作品を観ることができるとのことです。余談ではありますが、その中でも「リヒャルト・ゲルストル」というオーストリアの画家の人気が、この展覧会をきっかけに、日本で急上昇していると話題になっています。鑑賞後、また感想など送らせて頂きます。

今まで数々のイップ様のご講演に参加させて頂きました。その度に、素晴らしいオーストリアの偉人や芸術家の人生に触れることができ、学びを深める素晴らしい経験をさせて頂いております。これからも是非参加させて頂きたく、宜しくお願い申し上げます。

この度は本当に有難うございました。

白坂芳子

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宮入友子様(呉市在住)


2022年12月20日   


イップ常子様
 
  
 

2022年11月25日、広島のカワイ・パーチェに於いて

            〜ウィーンからの風〜 

イップ常子さんによる「作曲家あれこれ」耳寄りなお話・・・と題してセミナーが開催されました。このセミナーをご紹介下さったのは福岡の久保山千可子先生です。

私は当日、初めて常子さんにお会いしましたが、まるで懐かしい友人に会うかのように待ち合わせ場所の広島・本通りのアンデルセン本店前で3人が大はしゃぎしたのでした。

常子さんのお話は、学校で学ぶ音楽史や専門書に書かれてあるようなことだけではなくハイドン、モーツアルト、ベートーヴェンそれぞれ子供時代のころからの面白いエピソードを交え、映像も見ながらとても興味深く話して下さったので、聞いていてワクワクしました。お話がとてもお上手なので、その世界に引きこまれていきました。もっともっと他の作曲家の事も聞きたくなり、是非、次回はブラームスやメンデルスゾーンも・・・とお願いしました。

セミナーに参加された方は音楽関係の方ばかりでなく、旅行でウィーンを訪れた際に常子さんがガイドされ、とても親切にしていただいたと感謝され、まるで同窓会のような雰囲気でした。常子さん、素敵なお人柄ですね。

私は昨年、地元のエリザベト音楽大学を定年退職しましたが、今後、ウィーンへ行って常子さんに色々な所を案内していただきたいと思っています。

 
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白坂芳子様(大阪市在住)


2022年12月20日   


イップ常子様
 
  
 

この度は、宝塚、松江でのご講演を拝聴させて頂きました。

イップ様のご講演を聞かせて頂くのは、オンラインも含めてこれで3度目となります。/p>

1度目は広島にてハプスブルク家の女性たちについて、2度目はオンラインで画家のアルブレヒトデューラーについて、そして今回のクーデンホーフ光子女史について。

前2回のご講演については、わたくし自身、学生の頃に歴史で学んだり、個人的に美術館巡りが趣味であることもあり、ある程度知識のある方々のお話でしたが、今回聞かせて頂いたクーデンホーフ光子女史とそのご家族に関しての知識はまったくといっていい程ありませんでした。

彼女が偶然のきっかけからヨーロッパの、しかも伯爵家に嫁ぐこととなったストーリー、一見華やかできらびやかに見えていても、実際には大きな決断と覚悟、そして計り知れないほどの苦労があったことは容易に想像できます。現在ではよく耳にする「国際化」を100年も前にたった一人で成し遂げた強く美しい女性に、わたくしも自ら行動することの尊さを改めて考えさせられました。

以前に、フランスでバカロレア試験に女性で初めて合格したシモーヌドボーヴォアール(サルトルの恋人だったでしょうか)の書籍、伝記を読んだ時に感じた、女性が女性として人生を切り開いていくさまを、今回のご講演の光子女史の中にも見つけたような気がします。

また、イップ様のご子息のちょっとした行動、そしてキッコーマンのボトルという素晴らしい偶然が、イップ様とクーデンホーフ光子女史を結びつけるご縁になったというイントロダクション。これは、イップ様が光子女史のストーリーを語られる上で、この上ない「スパイス(醤油はスパイスでしょうか??)」になっていると感じました。

そして、後半は、7名いるご子息ご令嬢のそれぞれの人生に焦点をあてたご講演。パン・ヨーロッパ構想を唱え、現在のEUの父と言われるリヒャルトクーデンホーフ氏、兄弟が光子女史から離れていく中で最後まで氏に寄り添ったオルガなど、光子女史とその7人のご子息ご令嬢のお話を、イップ様らしい楽しく軽快なストーリーで伺うことが出来、とても豊かで興味に満ちた時間を過ごすことが出来ました。

わたくしは、絵画鑑賞が大好きで、月に最低一度は美術館に足を運ぶこともあり、光子女史のお孫さんであるミヒャエル・クーデンホーフ氏にとても興味を持ちました。イップ様のご講演を拝聴した後、彼について調べたところ、学派としては「ウィーン分離派」と記載されており、「あ、クリムトと同じ!」と思いながら、彼の絵画をいくつか(ネット上ですが)拝見しました。

なんて素敵な絵画の数々でしょう!日本の神社などの風景(建物)画もあります。パステル画でしょうか、全体的にはフワッとした色調ですがその中に強い主張があり、風景の写実もどこかで作者の心の中と繋がっているような印象を受けました。とにかく、とても好きになりました。東日本大震災に寄せて描かれた「The Dragon of Hope」は、希望を載せて画面から飛び出すような迫力でうねる龍に、慈悲に満ちた観音様とその観音様を載せた龍を描いた日本絵画「騎龍観音」の龍が重なりました。

 
 


また、イップ様のご子息のちょっとした行動、そしてキッコーマンのボトルという素晴らしい偶然が、イップ様とクーデンホーフ光子女史を結びつけるご縁になったというイントロダクション。これは、イップ様が光子女史のストーリーを語られる上で、この上ない「スパイス(醤油はスパイスでしょうか??)」になっていると感じました。

そして、後半は、7名いるご子息ご令嬢のそれぞれの人生に焦点をあてたご講演。パン・ヨーロッパ構想を唱え、現在のEUの父と言われるリヒャルトクーデンホーフ氏、兄弟が光子女史から離れていく中で最後まで氏に寄り添ったオルガなど、光子女史とその7人のご子息ご令嬢のお話を、イップ様らしい楽しく軽快なストーリーで伺うことが出来、とても豊かで興味に満ちた時間を過ごすことが出来ました。

わたくしは、絵画鑑賞が大好きで、月に最低一度は美術館に足を運ぶこともあり、光子女史のお孫さんであるミヒャエル・クーデンホーフ氏にとても興味を持ちました。イップ様のご講演を拝聴した後、彼について調べたところ、学派としては「ウィーン分離派」と記載されており、「あ、クリムトと同じ!」と思いながら、彼の絵画をいくつか(ネット上ですが)拝見しました。

なんて素敵な絵画の数々でしょう!日本の神社などの風景(建物)画もあります。パステル画でしょうか、全体的にはフワッとした色調ですがその中に強い主張があり、風景の写実もどこかで作者の心の中と繋がっているような印象を受けました。とにかく、とても好きになりました。東日本大震災に寄せて描かれた「The Dragon of Hope」は、希望を載せて画面から飛び出すような迫力でうねる龍に、慈悲に満ちた観音様とその観音様を載せた龍を描いた日本絵画「騎龍観音」の龍が重なりました。

一度実物の絵画を拝見したい、と心から思いました。定期的に東京で彼の回顧展が開催されているようですので、次回の開催時には必ず足を運びたいと思います。

次回のイップ様のご講演がとても楽しみです。以前に拝聴した「ハプスブルク家の女性たち」についてもう一度イップ様のお話が聞きたくてたまりません。クリムトやシーレなどのウィーン分離派の画家について、またその歴史についてもお話を聞かせて頂きたいです。

そして、是非一度イップ様にご案内頂きながらウィーンの街を観光してみたいです。オーストリアのウィーンは、数々の素晴らしい芸術家が何世紀にもわたって素晴らしい芸術の歴史の糸を繋いできた場所であり、私にとっては華やかな憧れの場所です。実はコロナ禍の少し前に、当時19歳だった一人息子と、ポーランド、オーストリア、ドイツを旅行したいね、と話しておりました。余談ですが、その時には、彼は、ポーランドのダンツィヒ(ドイツ語名でしょうか、グダニスクが正しいかもしれません)に行ってみたいと申しておりました。

ウィーンを訪問出来た時には、ウィーン分離派の建物に展示されている「ベートーベンフリーズ」の本物が見てみたいです。(2年前に日本の「クリムト展」でコピーは鑑賞しました)

本当にこの度は有難うございました。またもしオンラインでご講演をされる時には必ずお知らせください。そして、わたくしがそちらにお伺いすることがあれば、真っ先にご連絡させて頂きます。次回お会いできることを心より楽しみにしております。



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FM様 (ウィーン在住)


2022年10月20日   

イップさんは知識が深くて、話が面白いし、人柄も素晴らしい方よ


母とその友人達が、私が住むウィーンを訪ねてくる、さてどうしたものか。

そんな時の大使館の友人の一言でした。

イップさんに連絡したところ、評判通りの方でした。

母の友人の一人は旅行直前に足首をくじき、長時間歩くのは難しい。この状況では車椅子が必要になるかもしれないと悩んでいた時も、イップさんがすぐに解決してくださいました。

「我が家にある車いすをお持ちしますのでお使いください」

最終的には車いすを使わずに済みましたが、イップさんのこのご配慮がいかに心強かったかは言うまでもありません。

私たちはウィーンの森とシュンブルン宮殿と、2日間お世話になりました。

中でも、「ウィーンの森」ツアーはとても記憶に残るツアーでした。ここでは、シューベルトが菩提樹を作曲した場所、ゼーグロッテ(ヨーロッパ最大の地底湖)、ハイリゲンクロイツ修道院(世界最古のシトー派修道院)、マイヤーリング(ルドルフ皇太子が謎の死を遂げた館)、バーデン(ベートーベンの家などがある保養地)を案内して頂きました。

特にゼーグロッテという地底湖はとても神秘的な場所でした。こんな場所がウィーンにあるとは想像もしておりませんでした。しかもここに、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツが欧米の偵察の目を逃れるため、軍事工場として使用していたとは。強い衝撃を受けました。

限られた時間の中で、イップさんが個々の歴史的背景について魅力的にそして分かりやすく解説してくださいました。

知識の豊富さはもちろん、人を惹きつけるイップさんの語り。

たくさんの日本人の方にこの語りを聞いていただきたいです。



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浦元三起子様 (東京在住)


2022年9月25日   


ウイーンふたたび

   

2007年から2012年までの5年間、夫の赴任に伴ってウイーンに居住しました。

10年ぶりのウイーンで最初に訪れたのはステファン教会です。私の住んでいた5年間は常にどこかにネットが張られて工事中だったステファンが綺麗な姿になっていました。

知人や友人がまだたくさんウイーンにいるのでランチやディナーの予定が多かったのですが滞在の終盤に、イギリス在住の友人と私達夫婦はIppさんに案内してもらい、ハプスブルク朝の盛衰を知ることのできるカプツイーナ納骨堂と名画が数々ある美術史美術館を見学しました。IPPさんの豊富な知識と丁寧な説明で充実した時間でした。

Ippさんと私は同い年で、私が住んでいた5年間にプライベートでも良き友人で今回もお仕事以外でも楽しいランチをすることができました。Ippさんは50年にわたるウイーン生活で色々とご苦労もあったと思いますが、彼女の勉強熱心さ、活発さ、ウイーンを愛する心に感心するばかりです。これからも、たくさんの日本の方々にウイーンの歴史の深さと魅力を伝える仕事に邁進して下さい。


 
 
 

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潮見大輔様(広島市在住)


2022年08月06日   


コロナ渦でのウィーン滞在、そして常子さんとの出会い
 
  
 

2022年6月中旬からおよそ1週間の予定で、仕事でウィーンを訪れました。

仕事の合間に見た街並みや雰囲気はとても新鮮で素敵でした。

また、「音楽の街」だけあって、ストリートで奏でる楽器もバイオリンやチェロなど優雅なひと時を過ごせる場所だと感じました。

当時は帰国する際、コロナ検査の陰性証明が必要でした。

そこで不運にも陽性になってしまい、不安の中で療養生活を余儀なくされました。

帰国ができない中、助けになったのが常子さんでした。

勤務している会社が、在広島オーストリア名誉領事館を兼務していることから、以前から親交のあった常子さんにコンタクトをとり協力していただきました。

日本語が話せる安心感とちょっとした世間話など帰国までの不安を取り除いてもらいました。

滞在期間はおよそ1か月と短かったですが、とてもウィーンに魅了されました。

常子さんはオーストリア国家公認ガイドでもいらっしゃるので安心してオーストリアの魅力を満喫できると思います。

 
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小林加珠様(東京都 八王子市在住)


2022年7月10日   



文明西と東のお二人の対談についての感想
 
  
 


その節は素晴らしい講演ありがとうございました。

文明西と東のお二人の対談についての感想になってしまいますがご了承くださいませ。

対談が行われた50年前も 人類の破滅をもたらす核戦争や環境問題等々 どうしたら克服することができるか、そうした危機に直面した時代でした。その中にあって お二人の共通の思いは 戦争ではなく「生命」を選択しなければならないということではなかったでしょうか。博士も深い認識を与える高い次元の宗教の必要性をと。

生命の尊厳 という普遍的な思想が博士の根底にある宗教観、生命観と相通じていったのではないでしょうか。対談でも 池田先生は 私たち1人1人の中に潜むナショナリズムを克服し、生命を「尊厳ならしめる」努力が必要であることを強調しています。

心のありようが問われる今こそ 、そして 移ろいやすい人の心に「戦争ほど 残酷なものはない 戦争ほど悲惨なものはない」という変わらない 価値観、心のありようをつくり出していく。これが世界中の人達の挑戦と思います。博士も民族や国境を超えて 手を握り合っていく人が、平和を願う人達が世界中にもっともっと沢山沢山たくさん 増えたなら 満面の笑みを浮かべて喜ばれることでしょうね。

平和を望む人たちのほうが 多数派であること、世界中にいること 信じて 疑いません。

池田先生は 人間が、本来持つべき価値観とは、偏狭なものであってはならない。自分の利欲さえ満足させればよいという極端な利己主義は当然のこと、1集団、1国家、1民族ひとつのイデオロギーのためのものであってもならない、偏狭な価値観こそ、過去において、戦争を引き起こし、また社会の矛盾と不合理を形成してきた元凶であったことを忘れてはならない。とおっしゃっています。

50年ぶりに お二人の対談集に触れ 地球共通の諸問題を思索する機会を頂き イッブ常子様に 心より感謝申し上げます。 本当に ありがとうございました。 ますますのご活躍とご健康をおいのりもうしあげます。



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神野克彦様 (愛知県日進市在住)


2022年7月01日   



リヒャルド・クーデンホーフ=カレルギー伯没後50周年記念講演(オンライン)の拝聴感想
 
  
 


友人からのご紹介で、Ipp常子さんのオンラインご講演を拝聴したのは、今回で2回目です。

前回同様、パワフルな語り口と切り口のユニークさに毎回堪能させて頂いております。

この10年間は、仕事の関係から、中国、東南アジア、インド、アフリカ辺りが関心の中心となり、オーストリア ウィーンは、シュテファン・ツヴァイクではないですが、「昨日の世界」でした。

数年前、イタリアオペラ好きから、自らさわかみオペラ芸術振興財団まで設立して、日本国内名所旧跡でのオペラ開催、若手のイタリアオペラ留学などを手がける澤上篤人さんに誘われ、イタリアを中心としたオペラ鑑賞ツァーのおりに、当時、知人のチェコ大使をプラハに訪ね、オーストリアウィーンにも立ち寄る試みをしましたが、その時、Ipp常子さんの知己を得ていれば、素晴らしい旅行になったであろうと、大変残念です。

最近、自分なりに死生観を構築しようと、関連する本などを乱読しましたが、その中で、養老孟司さんの「身体巡礼」「骸骨考」というヨーロッパ各地のお墓、骸骨寺院巡りを読み、西欧への視点が新たに加わり、大変面白く思いました。 Ipp常子さんには、これからも長年のご経験をベースにいろいろな視点から、情報発信をされ、我々の視野を広げていただくことを期待しています。

追伸Ipp常子さんのオンラインご講演は、私が主宰しています公益財団法人 新産業創造研究機構NIROリモート勉強会関係者など友人知人にも推奨し、定年を迎えヨーロッパ旅行を計画している友人知人には、Ipp常子さんホームページを参考するように伝えています。以上



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河合慶子様(栃木県日光市在住)


2022年7月01日   


リヒャルド・クーデンホーフ=カレルギー伯没後50周年記念講演(オンライン)に参加して

この度は前回に続きネットでの上記記念講演に参加させていただき、大変ありがとうございました。昨年10月にショパンコンクールのタイミングでの講演会に、学友福味さんのご紹介で参加させていただいたご縁で、このような貴重なお話をお聞きする機会に恵まれていることに感謝申し上げます。

EU統合の先駆者としてカレルギー伯のお名前は皆さん存じ上げているかと思いますが、彼が日本人女性の次男であったというようなお話はあまり知られていないようです。

ですので、今回の青山光子さんのお話は、大変興味深く拝聴しました。明治の日本人女性の凄さを見せつけられました。

 
  
 


大和撫子という表現は柳腰の可憐で従順な日本女性という表面的なイメージになりがちですが、彼女は、その芯の強さ、中身の強さを持ち、柳の木のように真の強靭さと柔軟性を持った女性であったと想像させられました。

今回の講演は、彼女の息子さんに焦点が充てられた講演でしたが、明治のまだ封建社会の中で生まれ育った普通の日本女性が、周りの猛反対を押し切り、見染められたカレルギー伯に応えて、駆け落ち同然状態で身寄りのない未知の世界に乗り出すという、その生き様に強い印象を受けました。

講師の常子さんも、その探求心と情熱を持った語り口に、もしかして荒波を越えての今日があり、人を圧倒させるような魂をお持ちなのではないかと思っています。

今後も、沢山、貴重なメッセージを配信されますことを楽しみにしておりますので、どうぞ、よろしくお願い致します。



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山根和代先生(京都市在住)


2022年6月30日   


リヒャルド・クーデンホーフ=カレルギー伯没後50周年記念講演(オンライン)での「パン・ヨーロッパの父」リヒャルド・クーデンホーフ=カレルギー伯について

リヒャルド・クーデンホーフ=カレルギー伯の父は、オーストリア・ハンガリー帝国特命駐日代理公使ハインリッヒ・クーデンホーフ=カレルギー伯、母は日本人青山光子で、お二人は7人の子どもに恵まれました。

 
  
 


リヒャルド・栄次郎・クーデンホーフ=カレルギー伯は次男で、1894年東京で誕生しましたが、講演の中でなぜリヒャルドがオーストリアの欧州統合の先駆者となったのかと考えさせられました。光子の夫が1906年に心臓発作で急逝した時、リヒャルドはまだ12歳で、光子はどれほど心細かったことでしょう。

人種差別もある中、彼女は異国の地で7人の子どもを育て、特に子どもたちの教育に力を注いだことが大きかったと思います。

子どもたちは、異文化理解の重要性を、光子から自然に理解していったことでしょう。

講演では、やはり何よりも母親の光子の生き方に深い感銘を受けました。グローバル社会と言われる今日、国際結婚は珍しいことではありませんが、19世紀末の結婚生活での苦労は、想像以上であったと思います。

最後にIpp 常子さんご一家の素晴らしい写真を見せていただき、また彼女の美しい日本語に感銘を受けました。コロナ禍で大変ですが、今後のご活躍を願っています。



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棟田佳緒理様(宝塚市在住)


2022年4月10日   


ブラームス

ブラームスと言えば子守歌、ハンガリア舞曲くらいしか思い出さない知識でしたし、「教科書でみたくらいの人」という印象でしたが、この度の常子さんのお話で、とっても身近に感じられるようになりました。


家系図も面白いですね。どこかで繋がっていると言う事がよく分かりました。こう言う事が分かるとさらに楽しめますね。お話で紹介された楽曲を一つづつ聴いてみました。AGATHEでは音を注意しながら聞きました。教科書では「AGATHE」の音階が使われている。とだけで、こちらもふ〜んそうですか。

くらいで終わりますが、常子さんのお話でブラームスの惚れやすさのようなものを感じているので、音階が聞き取れると、こちらも「ふふふ・・・」とちょっといたずらな気分で楽しめました。

クラリネットやALTの楽曲は日頃ほとんど聴いてみようという意識はありませんが、作曲にあたってのエピソードを思いつつ、今回は興味をもって聞くことが出来ました。

常子さんのお話はいつも分かりやすくて主人公の「人となり」が感じられ、私の興味の扉を開けて下さいます。

講演後、ブラームスの生涯について簡単な文書を読みましたが、お話を伺がっているので、無機質な文章のその裏にある、ブラームスの感情が感じられました。

次はどなたでしょう?という期待も高まっています。ヨーロッパの歴史や人物に対して少しづつ知識を高めて、常子さんのお話がさらに楽しめるように準備致します。



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四国日墺協会主宰・田中熊一様(松山市在住)


2022年4月10日   


「ヨハネス・ブラームス没後125周年」受講感想文

先日、Ipp・常子女史のリモート講演による「ヨハネス・ブラームス没後125周年」を受講させていただきました。

 
  
 


私はリモートによる受講は初めてで不安でしたが、ご丁寧な同女史のリモート手法を学び、最後まで大変興味深く拝聴させていただきました。何よりもブラームスの膨大な資料を提供頂いた事に深く感謝しております。

まるで大学での講座を受講している様でした。私はドイツ人が大好きなBach、Beethoven、Brahmsがドイツ3大Bということは昔から知っておりましたが、今回の「ブラームス没後125周年記念講演」でその意味がよく理解できました。

ブラームスの両親がかなり年齢の違う(母親、ヨハンナ・ヘンリーカ・クリスティーネ・ニッセンは夫より17歳年上)ことだけは知っておりました。

そのことがブラームスの生きざまに(特に本人の結婚)に影響していたのではとも思い、シューマンの妻、クララへの母性愛を感じます。ブラームスとクララの愛は単なる母性愛と考えれば男女としての恋愛には進展しなかったと私は理解しておりますが、小説家の故・五味康祐氏はこの二人からは間違いなく男女の愛欲が感じられ、その事を察知した夫、シューマンを死に追いやったのではと推察しております。

話としては面白いですが、やはり真実は分かりません。まあその方が後の研究者には興味の尽きないところでしょう。ついでながら、ブラームスの子守歌に言及されておりましたが、今回の講演でこの曲はブラームスが心からひそかに愛していたベルタという女性が結婚し、ウィーンに引っ越した時、ブラームスも彼女の後を追うように、しかし真実は偶然だったかもしれませんが、2人はウィーンで再会し、ウィーンで再び協力し合って合唱団を指揮してゆくつもりで彼女に相談すると、彼女からの答えは「2人目の子供が誕生」ということを聞かされ、その後ブラームスはあの有名な『ブラームスの子守歌』を作曲したそうです。

オンライン講演中にその『ブラームスの子守歌』の曲が流れ、染み染みとブラームスの作曲した背景を想像しながら鑑賞いたしました。



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佐藤光行様 (横浜市在住)


2022年3月15日   


<遠い日の想いを彷彿とする講演会>

私にとってブラームスはクラシック音楽の世界でもとりわけ身近に感じる作曲家であって、昔からフランソワーズ・サガンの「ブラームスはお好き」なども好んで読んできた一人でもありました。

 
  
 


イップさんの講演会ではブラームス・シューマン・クララ、の秘めたる愛のエピソードを様々な角度からその想いを語って下さり、若かりし頃の我が身と重なって、メランコリックな気持ちを湧きたてて下さいました。

イップさんは背景に数々の写真を配して、ブラームスと向き合っているかのような感じがとても現実的でした。講演会にはたくさんの方が参加され、皆さんもきっと私と同じような想いをされていたのではと感じた次第。

ブラームスはクララを生涯想い続けていたことがとても印象的で、遠い日のわが身と重なりました。


海外出張ばかりの仕事ですが、いつもブラームスの歌曲集を持ち歩き、ヘルマンプライにはとても及ばない声を張り上げ、特に好きな「Sonntag」を歌っては遠い日のライン河畔で歌ってくれたソプラノ歌手との淡いロマンを想い出しています。

これまで毎年ザルツブルク音楽祭へ出かけてました。とりわけ交響曲第1番の演目に合わせて通っていました。

イップ常子さんの博識の豊かさに感服と共に、あらゆるジャンルでの語りはいつも心を豊かにしてくれるのみならず、「生きる叫び」であると私には伝わって来るのです。

直接お目にかかれない現在、今回のようなツールによって今後もさらに企画して頂けること願ってやみません。

そう、私も「老いらくの恋」に今からスタートだ!エネルギーが湧いて来ました。


 
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三階敬太様 (東京都在住)


2022年3月15日   


Ipp常子さん主催「ヨハネス・ブラームス没後125周年記念講演(オンライン) ヨハネス・ブラームスが生涯愛した女性たち」に参加して

2022年2月26日、ZOOMでのオンライン記念講演に参加させていただきました。

1時間20分の講演で、イップさんはたくさんのスライドを画面いっぱいに紹介しながら、よどみなく、丁寧でわかりやすい説明をしてくださいました。

講演では、ロマン派を代表する作曲家ヨハネス・ブラームス(1833-1897)の生涯と、彼の人生に影響を与えた女性たちについて紹介されました。ブラームスの生い立ち、家庭環境、音楽との関わり、ウィーンでの暮らし、それらにまつわる人間関係、さまざまな要素が絡み合って誕生した数々の名作、趣味である読書や旅行の話などにも触れられました。

中でも、さまざまな女性との人間模様について、詳しく紹介されました。

 
  
 


ブラームスの生涯で最も大きな存在の女性は、恩師シューマンの妻クララです。14歳上のクララとは、じっこんの仲。とは言っても、ブラームスは彼女だけを愛していたわけではなく、アガーテ・フォン・ジーボルト、ヘルミーネ・シュピース、アリス・ローラ・バルビらとの恋愛がありました。

どの恋も結実することはありませんでしたが、それらの経験が次なる作品への糧となり、「失恋後に名作が誕生する」という結果を生んだことは、「人生経験を積む」ことの重要さを感じました。

ブラームスが生きたのは、日本でいうと幕末から明治の時代です。私はその時代を当然見たことがないわけですが、イップさんの明快な導きのおかげで、まるでその時代を生きているかのような感覚に浸ることができました。

また、パソコンの画面越しでは、参加された皆さんが大変楽しそうにされていたのが、とても印象的でした。リアルで自由に移動できる日を、強く待ち望んでいる気持ちが伝わってきました。

講演の最後に、イップさんがベンジャミン・フランクリンの言葉を紹介してくれました。

「今日できることを明日に延ばすな。今、やることが明日への成功の近道かもしれません。」

コロナは収束のめどがたたない状況ですが、「希望」を失わず、「今」を大事にして生きていこうと心がける次第です。


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中本幸子様 (メードリング在住)


2022年1月10日   


魅力いっぱいオーストリア観光とイップさん

 
家族で参加したイップさんのガイドツアー、ブルゲンラントにて
  
  


 先日は、オンライン講演「ウィーンの魅力とロングステイ」に参加させて頂きありがとうございました。我が家は夫の仕事都合で、3年ほど前からオーストリアに住んでいますが、子供に手がかかることとコロナ禍もあり、あまり観光など出来ない現状です。なので、今回の講演会をとても楽しみにしていました。

ウィーン郊外に住んでいるので、ウィーン市内も未知の場所が多いのですが、ザルツブルクもイップさんのお話を聞いてとても行ってみたいと思いました。見せて頂いた写真もどれも魅了されるものばかりでした。

私がとくに興味をもったのは、昔の宮殿やお城などを維持していくために、現在は宿泊できるようになっていたり、宮殿のバロック様式の庭園がゴルフ場として活用されていることでした。プリンセスが大好きな娘と一緒に、いつかお城に宿泊できたらいいなと楽しみが増えました。

イップさんとは、同じ広島出身で、オーストリア人との国際結婚で、今の住まいもご近所で、出会いに感謝しています。これからもガイド話はもちろん、人生話などたくさんお聞かせくださいね。


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古賀 美砂子様  (福岡在住)


2021年12月10日   

憧れのウィーン 


 
  
 

 先日のオンライン講演「ウイーンの魅力とロングステイ」興味深く拝聴いたしました。学生時代からの友人Tさんと旅行したウイーンの街を思い出しながら、「地球の歩き方」や地図を広げてしばしの旅行気分のひとときを味わうことができ、大変ありがとうございました。ウイーンの歴史や交通、生活についての、特に固い歴史本には載っていないエピソードも交えられたお話はまた行きたいなと思うほど楽しいものでした。旅行は歴史を知っているほど面白いと思うけれど、本を読んでもなかなか歴史は身につきません。エピソードの部分が後押ししてくれるようです。

 旅行したのは6年も前のことでウイーンの思い出も遠くなった頃でしたので、この機会をいただき感謝しております。講演を聴きながら、10年前に個人旅行で、イギリスのevan evansツアーでカンタベリー方面へ行った時のガイドさんを思い出しました。日本に留学したというブレア首相似のガイド氏は、日本人のような日本語での博識な内容、ユーモアに満ちた話しぶりでした。ヨーロッパのガイドは所謂エリートで、なるのは難しいとよく聞いていました。優秀なガイドとしてこれまで活躍されてきたIppさんを敬服いたします。

 昨年コロナ禍の11月のウイーンフィル日本公演のことに触れられましたが、私も夫と小倉まで聴きに出かけました。入場時全員マスクで私服、いつもと違う雰囲気です。初めに前日のテロの犠牲者のために一緒に黙祷を捧げました。8番目の席、TVで観るように近くで完璧な演奏に感激、「普段着のニューイヤーコンサート」に来たみたいだと嬉しくてたまりませんでした。20代の頃、熊本でのアバド氏指揮のウイーンフィルにも行ったし、先のウイーン旅行で楽友協会でのコンサート(フィラデルフィア響)を聴いたし、Ipp常子さんにも出会えたし、ウイーンに関われて嬉しいです。

 コロナが収束してまたいつか、ウイーンの街を歩くことができたら最高だろうなと思います。今度行くときはロングステイ。Ippさんお薦めのシェーンブルン宮殿近くのアパートホテルに滞在してみたいと思いますが、滞在中、せめて一晩ぐらいは宮殿の一部を改装してスイートルームが誕生と聞きましたので、マリア・テレーシアや美貌のエリーザベト皇后を夢見て素晴らしいウィーンならではの体験もトライしてみたいと願っています。ウィーンの街を思う存分、地下鉄、トラム、バスを駆使し、スケジュールはゆったりと、ひとつひとつを楽しめるようなゆっくりと暮らすようなそういう旅をしてみたいものです。

 オンライン講演も初めて経験しました。講演後、Ippさんに一言感謝の言葉をと思うも、どうすればいいかわからずそのまま退出キーを押して失礼しました。次回はブラームス講演を計画されておられるとか。またその時を楽しみにしております。


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野崎賢治様  (広島市在住)


2021年12月06日   


Ipp常子さんのオンライン講演「ウィーンの魅力とロングステイ(Z00M)」感想文
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シェーンブルン宮殿   
シェーンブルン宮殿をバックに、
(取材スタッフと共に 2003年)
  
 

久しぶりにイップさんの元気なお姿を拝見いたしました。いつもの熱い情熱が健在で、感激いたしました。限られた時間内ですが、出来るだけたくさんの情報を届けたいというイップさんの気持ちが伝わり、少々駆け足ではありましたが、オーストリアの魅力を自宅にいながら、いっぱい頂き楽しませて頂きました。

私の勤務していたテレビ局が、在日本オーストリア名誉領事館を兼務していたことから、広島ご出身のイップさんとは、本当に長いお付き合いをさせて頂いています。今回の講演を聞いていて、思わず18年前に番組制作でオーストリアに伺い、イップさんに、通訳兼番組コーディネイトでお世話になった時のことを思い出しました。観光ではなく、取材というビジネスでの訪問だったので、ゆっくりと観光することは出来なったのですが、当時の印象として、音楽の都であるのに街の中は本当に静かで、日本のようにどこからかBGMが流れてくることもなく、「ゆっくり、のんびりと生活ができる所だなあと。」感じたのを覚えています。イップさんの講演をそんな思いで、当時を思い出しながら聞いていました。

 
   リーデル本社にて
リーデル本社にて
(インスブルグ)

シェーンブルン宮殿や王宮、路面電車が走るリンクの街並み等、今も変わらず訪れた観光客を魅了しているのですね。一方で、その時には訪れる事が出来なかった、現代アートの建物もご紹介して頂き、新しいウィーンの街並みに驚くとともに、新しい魅力にも触れさせていただき、楽しむことが出来ました。当然のことながら音楽の都であるので、ベートーヴェンやモーツァルトのゆかりの地がたくさんあって、そんな場所も今回はZOOMではありますが訪れることが出来ました。もし今一度、オーストリアを訪ねる機会に恵まれる事があれば、ゆっくりと時間をかけて、かつての英雄を偲びながら、当時の時代を振り返り散策をしたいと思いました。

最後に、思いがけずの可愛いお孫さんの登場や、お幸せそうなご家族の写真なども紹介され、たった一人でオーストリアに行かれたイップさんに、数十年という月日によって、これほどまでの素晴らしい宝物が与えられたことに、イップさんのオーストリアでのご活躍を思い感動いたしました。ありがとうございました。



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森田喜久男様  (京都在住)


2021年6月28日   


Ipp常子さんの「デューラー生誕550年記念講演会(ZOOM)」感想文


 
  
 

はるばるウイーンから、デューラーのすばらしい絵画をご紹介頂き大変感動し、感謝申し上げます。

絵画と言えば大体はフランス近代の印象派の一連の作品の展覧会が多く催されるのですが、ドイツ絵画にはあまりなじみが無かった印象でした。

しかし当日のIpp常子さんのご講演の中で一連のデューラーの絵画等を紹介頂き、またその後デューラー関係の資料などを参照すると、デューラーは当時のイタリア美術界のラファエロなどとも関係を持つ中でルネサンス美術の影響を受け、ドイツ・ルネサンスにおけるもっとも重要な画家と称されている事を改めて認識しました。

デューラーの絵画を一覧すると、当時のイタリア美術に比較して純粋な宗教画よりも人物画特に自画像・肖像画が多いことに特徴が見られ、また風景画も描かれている。風景画が描かれるようになったのはもっと後年のイギリスにおいてかと思っていましたが、相当早い時期からモチーフの選定をしていたことが分かります。

この辺りに単にイタリア絵画を導入するだけでなく、独自の画風を切り開いたデューラーの新進性が伺えるのではないかと思いました。

歴史的にデューラーの時代を考えると、ルネサンスがイタリアに起こり、それがアルプス以北に伝播して行ってそれ以降北ヨーロッパの人文主義が発展した丁度時代の変わり目の、すなわち中世から近代に代わる頃の時代背景がありました。時代と絵画の相関と言う点でも興味ある講演でした。


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白坂芳子様  (大阪市在住)


2021年6月26日   

 
  
 

先日は、デューラーの生誕550周年記念講演を拝聴させて頂き、誠に有難うございました。

画面越しではございましたが、イップ様のお元気そうなお顔を拝見し、日本でお会いした時のことが懐かしく思い出されました。

このようなコロナ禍においても、Zoomを使ったオンライン講座という新たな試みに挑戦されているイップ様に、そこはかとないエネルギーを感じました。

また日本から遠く離れたオーストリアの地が、講座が進むにつれて、不思議ととても近くに思えました。

まずはお礼のご挨拶が遅れてしまいましたこと、お詫び申し上げます。

お申込みの際のメールにも書かせて頂きましたが、わたくしはイタリアルネサンスよりも北方ルネサンスの芸術に非常に興味を持っておりました。しかしながら、デューラーに関しましては、ルネサンス期のドイツ芸術に、イタリアの風を吹き込んだ画家として、数点の絵画を見知っている程度でした。

わたくしが「野うさぎ」という絵画を始めて見た時(3年ぐらい前だったと思います。)の書籍の見出しが、「これはどこで描かれている?」というもので、講演でイップ様がお話されたように、うさぎの目にアトリエの窓が描かれているということに非常に衝撃を受けたことを覚えております。

あとは、あの絵画が水彩画であるということ。

普通水彩画があの美しさで500年以上も保存されているというのは奇跡ではないでしょうか。

デューラーがマクシミリアン1世の宮廷画家であったということは、この絵画が、長きにわたってハプルブルグ家にとても大切に扱われてきたということなのでしょうか。

また、うさぎの美しく柔らかな毛並みに相反するような緊張した姿勢。あのうさぎはジャンプする直前の体をこわばらせた状態ではないか、と勝手に想像しておりました。

そして有名な真正面の「自画像」。デューラーが自画像を描いた最初の画家ということでしたが、その後のどの画家の自画像を見てみても、あれほど真正面で、堂々として自信にあふれた自画像をあまり見たことがありません。絵画に多くの制約があった時代に、ある意味のタブーを破って描かれた、まるで「自分は神である」とでも言いたそうな自画像に、デューラーのある意味での「人となり」を感じました。

「祈りの手」については、イップ様が話されたエピソードに感動致しました。お話を聞く前と聞いた後では、作品自体がまるで違うもののように感じました。自分を犠牲にしてデューラーの画家としての成功に労を惜しまなかった友人に対し、デューラーがどのような気持ちを込めてあの作品を創作したのか、あのエピソードを知らなければ、「祈りの手」という作品のタイトルもそれほど心に響かないものだったと思います。あの作品が「祈りの手」である意味を教えて頂き、実際に目の前で作品を鑑賞したい気持ちが強くなりました。

デューラーの人生、また、水彩画、油絵、版画など、いろいろな絵画をご紹介頂き、すべてをとても興味深く拝聴させて頂きました。

非常に有意義な時間であったと心より感謝致しております。

ヨーロッパの絵画の歴史は、キリスト教というバックグラウンド、またどのような人たちがパトロンになるかということで変遷してきたと理解しております。

カトリックの教会を装飾する美しく大きな絵画、教会(教皇)がパトロンとなり、キリスト教流布のプロパガンダ的な役割を担っていたのでしょうか。宗教改革の後、プロテスタント国家になったオランダでは、フェルメールに代表されるような、部屋を飾るのに適した小さな風俗画(宗教的な意味も含まれていると思いますが)や、毛織物業の繁栄などによって豊かになった商人がパトロンとなり、集団肖像画(日本ではレンブラントが有名です)が流行ったのだと聞いたことがあります。お隣のベルギーでは、巨匠ルーベンスの描いた教会画がとても有名です(日本ではフランダースの犬のラストシーンに出演したことで知名度が上がったようです)が、あれほどドラマティックな絵画が称賛されたということは、カトリックが勢力の巻き返しに躍起になっていたのかな、とも思われます。

西洋美術に興味を持って学んでいると、歴史にも自然と興味が湧いてきて、学生時代よりももっと熱心に歴史の本にかぶりついてしまいます。もっともっと多くのことを学んでいきたいです。

あと、ルネサンス期、それに続くマニエリスム、バロックに至る時代に関しては、絵画鑑賞には聖書やギリシア神話の知識が不可欠になってきます。絵画鑑賞は、感情的なことだけではなく、より多くの知識や教養を身に付けることで深みが増し、一層楽しくなってくると感じております。アトリビュートが面白くて、今いろいろと学んでおります。絵画を見て、アトリビュートを探し、それが誰なのか当ててみたりしております。

歴史と絵画(文化、芸術)の絡み、聖書やギリシア神話のお話など、そのあたりのご講演もいつか拝聴させて頂きたいと思いました。

また、時代はまったく異なるのですが、オーストリアというと日本でもっとも有名な画家は、グスタフクリムトです。

(先日東京、愛知でクリムト展が開催され、ベートーベンフリーズも再現されておりました。大盛況で確かな人気が見て取れました。)

クリムト、シーレといったウィーン分離派の講座も是非拝聴させて頂きたいです。

エミーリゲフレーゲとの恋の話、特にわたくしの大好きなユディトの解説などもイップ様の楽しく引き込まれるような講演で是非お伺いしたいです。

いろいろとリクエストばかりを感想として述べてしまいましたが、今回講座を拝聴して一番強く思ったことは、ヨーロッパに行って実際に文化や歴史に触れてみたいということです。(実はイギリスとアイルランド以外行ったことがありません・・)ヨーロッパといっても、長年鎖国をしていた日本とは違い、それぞれの国にそれぞれの文化があり、宗教観の違いや民族同士の対立から幾度となく戦争を繰り返し、現在に至っているのだと理解しております。本当はすべての国を訪問し、すべての美術館や宮殿などの歴史的建築物を訪れてみたいのですが、まずはオーストリア訪問を目標にしたいと思います。そして、美しい街並みや空気感そのものを五感で存分に堪能してみたいです。イップ様ともオーストリアの地でお会いすることが出来れば、それほど嬉しいことはございません。

末筆になりますが、この度の機会は、弊社(小松電機産業)社長である小松社長からのご紹介により持たせて頂くことが出来ました。このような素晴らしい機会を頂きましたことに関して、イップ様はもちろんのこと、小松社長にも心より感謝申し上げます。

イップ様の今後の益々のご活躍を心よりお祈り申し上げます。


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  角純一様 (松江市在住)


2021年6月24日   


こんにちは!


6/19(土)16:00から、「アルブレヒト・デューラー生誕550周年記念講演」を聴講させていただき、ありがとうございました。

また、当日は大勢の聴講者の方、次のスケジュールもあり、ご挨拶も出来ず失礼しました。

ウィーンのご自宅からのLIVE、久しぶりにイップさんの元気なお姿とデューラーにまつわるお話を興味深く拝聴し、あっという間の1時間20分でした。

私たちは、デューラーについて世界史の授業で学んだ、中世ヨーロッパのドイツ・ルネサンス期を代表する画家として名前を知っている程度の知識でした。

そこで、講演前にデューラーについて調べた上で、講演でのイップさんから話を伺ったことで、作品の中に自分を描いたり・文章入れたりするユニークさや、新たな試みを感じる多くの作品の存在がすっと頭の中に入り、とても楽しい時となりました。

デューラーの生きた時代は、マーチン・ルターの宗教改革を機に中世封建社会の秩序が崩壊した大きな時代の転換期であったこと、当時のデューラーが時代の思想や社会的状況をどのように受けとめ、作品や文字を通して表現したのか、簡潔にお話しされたことで、とてもわかり易く、おそらく多くの方がもっと話を聴きたいと感じられた貴重な機会となったのではないでしょうか。

この様な学びの機会を紹介していただいた小松社長、浜菜さん、そして、私たち素人が興味を感じ、楽しく聴講できる場を創っていただいたイップさんに御礼申し上げます。


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中村新一郎先生 (松江市在住)


2021年6月22日   


素敵な講演会にご招待、有難うございました。


イップ常子さんの講演は過去何度か聞かせていただきましたが、いつも幅広い知識と温かいユーモア精神に溢れていて、「(聞けて)良かった!」というお得感があります。今回の講演は、その中でもぴか一でした。

名画の解説以外で、特に印象に残ったのは、デューラーの画家仲間ハンスの話でした。ハンスは、デューラーのイタリア遊学資金を捻出するため、身体を壊すまで働いてくれたそうです。絵筆を握れなくなるほど尽くすという思いは、個を超えています。この話を聞いたおかげで、「祈る手」とか、「アダムとイブ」とか、その他多くの作品に込められた価値がにわかに生気を放って感じられるようになりました。聴衆の心に訴えるこの技は、「芸(術)」と呼んでいいレベルの「イップ常子節」が持つ威力だと思います。

イップさんの「芸術レベル」の高さを感じたのは、今回が初めてではありません。数年前、「炎の人」というお芝居が日本でも巡回公演されました。世界平和運動の母ともいわれる、ベルタ・フォン・ズットナーの伝記を劇にしたものです。イップさんはその劇でナレーションを担当なさっていました。私は、たまたま立命館大学での公演を拝見したのですが、とても素人とは思えない、堂々として「愛情あふれる」語り口でした。

今回の講演会に参加された方はお気づきだと思いますが、「七番目の孫が生まれたんですよ!」から、講演会が始まりましたね。新しい生命の誕生と成長、この流れこそが芸術や宗教の本質であり、流転する万物に宿り、だれにでも分かる無条件の生命の喜びなのではないでしょうか。イップ常子さんの講演会には、いつもそんな誰にでも分かる生命力と説得力に溢れています。本当のプロです。


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寳藏寺弘典様 (東京都渋谷区在住)


2021年5月10日   


オンラインセミナーに参加して

 
  
 


2021年3月30日にIpp常子さんが主催されたオンラインセミナー「ナポレオンを崇拝したベートーヴェン」を拝聴しました。

私は、もともと印象派の絵画に興味があり欧州、米国の主要な美術館を訪問したことがあるという程度で、テーマのベートーヴェンとかクラシック音楽には全く興味がない方です。COVID-19の感染拡大で、毎年楽しみにしていた欧州への旅行出来なくなり悲しい思いをしておりましたところ、知人の紹介でウィーンにて長年公認ガイドをされている常子さんのセミナーを知り直ぐに参加申込をいたしました。


  

常子さんからナポレオンとベートーヴェンの誕生から亡くなるまでを家系、生い立ち、皇帝と音楽家としての足跡、恋愛、結婚を含めてすべてに関してお話を伺いました。また、常子さんが二人の足跡を訪ねて撮影された数多くの写真を見せて頂きました。最近年のせいもあり集中力が持続しないのですが、1時間半のセミナーの間集中してお話が聞けました。

常子さんのご説明でのガイドとしての博識は驚くばかりでした。現地の大学教授でも常子さん以上にいろんな知識を広範に持たれた方はいないだろうと思いました。また、ナポレオン、ベートーヴェンと同時代に生きて傍らで見てきたのではないかと思えるほどでした。

COVID-19が収束して欧州訪問ができるようなったら、常子さんにお願いしてザルツブルグ観光をしてみたいと思っております。

常子さん、本当にありがとうございました。


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増田栞里様 (ウィーン在住)


2021年4月15日   



 
 


常子さんとはヨーロッパの様々な場所を訪れました。どこを訪れてもその土地の歴史や文化を熱心に説明してくださいます。時には常子さんのハイセンスなジョークをも交えながら、いつも必ず楽しくて記憶に残るツアーになります。

ウィーンのツアーでは音楽学生(のはずの私ですが…)顔負けの膨大な知識で、新たな発見や驚きがありこの地で勉強できることがどれだけ幸せなことか改めて気付かせてもらいました。

私もこの美しくて豪華絢爛なウィーンが大好きです。常子さんとウィーンの街を歩くと本当に一歩一歩、歩く度に知識が増えるようです。自宅の近くにあのグスタフ・クリムトが眠るお墓があったり、大好きなシュトラウスのオペレッタ、コウモリを作曲した家がとても近所だったり!

毎日大学に通っていつも何気なしに歩いている旧市街にも思わぬところに看板があったりして自分では一生発見出来なかったような、本にもインターネットにもないようなお話をしてくださることが本当に嬉しくて感謝しております。

いくつもの分野の歴史が重なり合っているウィーン、かつてはハプスブルク王朝が数世紀に渡り大帝国を統治したヨーロッパの中心ですから学ぶべきことはたくさんあるはずなんです。

もったいない!といつも常子さんのツアーに参加する度に刺激されます。これからたくさん勉強して常子さんと大好きなウィーンについてたくさん語れたら嬉しいです💖






 

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前日本人会会長 阿部聡様、由美子様 (東京都)


2021年3月5日   


イップさんのツアーの魅力

 
 


私たちはこの十数年で2回、併せて6年間ウィーンに滞在しました。覚えているだけでイップさんのツアーに10回参加しました。「第三の男」、「リヒテンシュタイン宮殿」、「マリアテレジア」関連などなど。ウィーンは大好きな街ですが、残念ながら、一昨年日本に帰国し、コロナ禍で旅行もままならない中、今回オンラインのナポレオン講演に参加いたしました。

イップさんのツアーの楽しさは何といっても周到な準備に基づいたお喋りではないでしょうか。時にはご自身でも吹き出しながら、本などを探しても出てこないような貴重なネタを話してくださいます。例えば、第三の男ツアーは、2回参加しましたが、焦点の当て方が全く異なった、映画撮影の裏話を伺いました。

昔の映画がいかに多くの制約の中で、細かいところに目をつぶり作られていたかということがわかったり、私たちの住んでいたアパートがどうやら映画に映っているようだったりなどということもありました。別のツアーでは、常軌を逸した、終焉前のハプスブルク家の人たちのおかしな生活や振る舞いに驚きました。

今回のナポレオンツアーでは、ウィーン滞在中、春には毎週のようにワインとアスパラを買いに行っていたウィーン郊外のかつての戦場マルヒフェルトに位置するいくつかの農村を懐かしく思い出しました。地域の美術館もいろいろ行く努力はしていたのですが、今回紹介いただいたのは知らないところばかりで、今後の目標が加わった感じがします。生誕地のコルシカ島にも行ったことないので夢は広がっていきます。今度は再びウィーンでお目にかかることを楽しみにしています。

写真のうちシェーンブルン宮殿は、今回の講義でもお話があったように、ナポレオンがウィーン占領中に滞在した場所ですが、グロリエッテのある丘からの景色のすばらしさをご紹介したいという趣旨です。石碑は、マルヒフェルトにあるものですが、神聖ローマ帝国皇帝となったハプスブルク家の皇帝ルドルフがボヘミア王オタカルを倒した古戦場でもあり、清々しく広々とした田園地帯が昔から戦をする適地でもあったのだと感慨がわいてきた次第です。イップさんが絵の前で説明されている写真は、クリムトツアーの時のものですが、ブルク劇場で発見された壁画の下絵についてご説明されています。


 

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角田秀晴様・優子様 (大阪府)


2020年11月6日   


 


ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演

2019年年末、ウィーンに行きウィーンフィルハーモニー管弦楽団「ニューイヤーコンサートプレビュー」を聴くことができました。思いも新たにスタートした2020年でしたが、その直後、新型コロナウィルス(COVID-19)騒動が勃発、あっという間に世界を席巻しました。日本でも緊急事態宣言が発令、学校も休校となり身動きが取れなくなってしまいました。予約してあったコンサートも全てキャンセル・払い戻しです。

そんな中、6月、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本公演の情報が入り、演奏会がある11月にはさすがの新型コロナウィルス(COVID-19)騒動も終息しているに違いないと信じて予約しました。

10月になっても新型コロナウィルスは落ち着かず、演奏会の多くが相変わらずキャンセルされていました。ウィーン・フィル日本公演はといえば、「ただ今調整中です。今しばらくお待ち下さい。」とアナウンスされるだけでした。あきらめていたら、演奏会直前の10月30日になって、ようやく「公演開催決定」となりました。

今回のウィーン・フィルの日本での演奏会は、オーストリア・クルツ首相から日本の菅首相に直接の依頼があり、2週間の隔離期間がない代わりに、マスク着用、新幹線など交通機関は全て貸し切り、団員の自由行動の禁止、民間人との接触の禁止など、厳しい条件を付けて実現したそうです。

11月6日、大阪フェスティバルホールにウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会に行ってきました。入場制限のせいか、2700名定員で、約2000名の観客でした。ゲルギエフ指揮で(Ippさんにご案内頂いた、ウィーン・フィル・サマーフェスティバルの時の指揮者です。)、マツーエフのピアノによるプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番、チャイコフスキーの交響曲「悲愴」などを聴きました。

全員がマスク着用で登場。演奏中はマスクを外しましたが、昨年末ウィーンで「ニューイヤーコンサートプレビュー」を聴いた時と同じ、ウィーンフィルらしい演奏を聴かせてくれました。

ウィーンフィルは指揮者のあらゆる要求に応える高い演奏技術と、団員一人ひとりの積極的な音楽への関わりと自信が感じられます。叩き付けるようなマツーエフのピアノ演奏、そしてウィーンフィルの演奏にも、音に豊かな膨らみのあるボリューム感あり、日本のオーケストラでは聴くことができない、フォルテ・フォルテ・フォルティッシモとピアノ・ピアノ・ピアニッシモを聴くことができました。時間が経つのを忘れる程、素晴らしい一時を過ごすことができました。

 
 

今回のウィーンフィル日本講演は14日で終了しましたが、連日、演奏会の様子がニュースで報道されていました。コロナ禍の下、日本中で待ち望んだ演奏会だったと思います。いずれ、コロナ禍が終わり海外旅行制限が解かれた時、再びウィーン楽友協会や国立歌劇場でウィーン・フィルハーモニーの演奏をぜひ聴いてみたいと思います。

日本は今(11/25)、新型コロナウィルスの(COVID-19)の第3波の真っただ中です。オーストリアの一日の感染者数9000人には及びませんが、これまでになかった2000人以上の感染者数になっています。

マスクをかけて孫たち(6才)との写真です。いろいろなマスクを持っていますが、普段、家の中で孫たちはマスクを使っていません。欧米でもマスク着用者が増えてきたようですが、日本では、街に出れば100%の人がマスクをかけています。

私が勤務する松原南小学校の「理科4年生」の授業風景ですが、子どもも参観者も全員マスクを付けています。子どもたちには、マスク、フェイスシールド着用、こまめな手指の手洗い・消毒などを義務づけています。授業は「空気の熱膨張の実験」です。私はもう授業はしませんが、指導案の計画や実験器具作成などを手伝っています。



 

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成川京子様 (ウィーン在住)


2020年10月17日   


 


ベートーヴェン生誕250周年記念ウオーキングツア−

オーストリア政府公認国家ガイドのイップ常子さん主催「ベートーヴェン生誕250周年記念ウオーキングツア−」に参加しました。当日の朝、ベートーヴェンがかつて住んでいた最もお気に入りのアパ−トのすぐ近くから出ている37番のトラムで、集合場所に向かいました。イップさんのウオーキングツア−は毎回大人気で多くの方々が参加をされますが、今回はコロナ禍のため人数制限をされていて、お友達関係の方々だけの参加となりました。イップさんのいつも元気で常に前向きなパワ−いっぱいのウオーキングツア−で楽しい時間を過ごさせていただきました。


 
 

ベートーヴェンが56歳で亡くなるまでの36年間に79〜80回ぐらいの引っ越しをしたそうですが、前回7月のツア−に引き続き今回は、難聴に苦しんだベートーヴェンが保養地として住んだ温泉で有名だったハイリゲンシュタットをガイドして下さいました。銅像がある公園で記念撮影をした後、菩提樹の興味深いお話も聞けました。周辺には250年たった今もその当時を彷彿させる建物や風景がそのまま残っているところが多くあり、ベートーヴェン小径を歩きながら、かつてはシルクハット姿にステッキを手にしたベートーヴェンがここを散歩した当時に思いを馳せました。小川のせせらぎときれいな緑が多いこの散歩道は、ベートーヴェンに作曲のアイデアを与えたそうです。暫く歩くとベートーヴェンミュ−ジアムに到着しました。その古い建物と可愛い中庭、苔の生えた屋根に、ふと現在の時間を忘れてしまいそうになりました。移動に使ったグランドピアノや直筆の楽譜、ベートーヴェン自身のライフマスクなどいろんなものが展示されています。その中に意外にも卵が置いてあり、短気だったベートーヴェンが投げつけたといわれるお話もして下さいました。ここは「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いたことで有名ですが、音楽家にとって一番大切な聴覚を失った苦難は想像に余りあります。


 いつものようにエピソードや裏話も織り交ぜて説明を盛り上げて下さったので、あっという間に時間が過ぎ、予定の3時間では物足りなさを感じました。お話の仕方がとても上手で、徹底した調査に基づくガイドには毎回感動させられることは有名です。イップさんファンが次のツアーを楽しみにいている中、一日も早いコロナの終息を願っています。

 






















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久保(クネシュ)幸子様(クロスターノイブルグ在住)


2020年6月23日   
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寅さんツアーと光子さんツアー


6月17日の『男はつらいよ!寅次郎心の旅路ツアー』と6月23日の『クーデンホフ・カレルギー光子伯爵夫人ツアー』に参加させていただきました。ウォーキングツアーも、コロナ対策の一環でロックダウン以降禁止となっていたのが、規制緩和に伴って、やっと解禁となったそう。それでも、屋内を案内するのはまだNGとのことで、屋外スポットのみを巡るツアーという条件に従って、イップ常子さんが企画されたのが、この二つ。


両ツアーとも集合は午前9時30分、国立オペラ座前。幸い両日とも晴れ!まずはオペラ座前でイントロダクション。竹下景子さんがマドンナ役を演じ、ウィーンを舞台にした寅さんシリーズがあることは知っていたものの、シリーズ第41作目にあたるこの『寅次郎心の旅路』を実は見ていなかった私。撮影現場を見て回るツアーに果たしてついて行かれるかしら、との心配も、あっという間に消え去りました。なんと常子さん、何十という映画のシーンを撮ってプリントしたものをご持参され、それを見せながら映画のストーリーを追うかたちで撮影現場を案内してくださったのでした。身振り手振りを交えたお芝居さながらの常子さんの説明は、寅さんに負けるとも劣らぬ(?)面白さ。寅さんの宿泊したホテル、王宮公園内モーツァルト記念碑前の寅さんが腰かけたベンチ、マドンナの恋人が暮らす家、そして最後は21区にある寅さんパークへ。『生まれも育ちも葛飾柴又』の寅さんの東京都葛飾区と、ウィーン市21番目の区にあたるフローリッツドルフ区は姉妹区なのだそう。映画撮影20周年を記念して2009年に寅さんパークが誕生したそうです。そういえば映画封切は1989年、今から31年も前になるのですね。携帯電話もなく、日本とオーストリアの間に直行便もなかった時代。今のようにスマフォがあれば、寅さんもウィーンで迷子になったりしなかったかしら。いやいや寅さんのこと、スマフォなんぞを持つことは頑なに拒んだのでは?


光子ツアーの時の常子さんは、レースの付いた黒のワンピースに黒い帽子。伯爵夫人、光子さんを意識された、とってもエレガントな出で立ち。まずは、光子さんのご実家である青山家と、夫ハインリッヒのクーデンホフ・カレルギー家の家系図が書かれた大きな紙を開いて、光子とハインリッヒの祖先、そして今日まで続く二人の子孫の方たちについてお話くださいました。これでツアーの予習はバッチリ。『欧州連合の父』として知られる汎ヨーロッパ主義の提唱者で次男のリヒャルド・クーデンホフ・カレルギーにゆかりのあるスポットを中心に、リヒャルドの通った学校、リヒャルドが亡命直前まで暮らしていた住まい、そして、シェーンブルン宮殿のちょっと先、ヒーチングにあるクーデンホフ・カレルギー家のお墓へ。光子さん、ヨーロッパに渡ったのち、再び日本の土を踏むことはなかったそう。国際結婚のはしり。日本人女性などめったにいない19世紀末のヨーロッパに渡り、頼りの夫に早死にされて7人の子供たちを一人で育てた光子さん。国際結婚の大先輩として、図々しくも勝手に親しみを感じ、ありがとうございましたと、手を合わせたのでした。



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角田秀晴様、優子様 (大阪)


2020年05月05日   
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思い出の「ニューイヤーコンサート −音楽の旅―」

  「今日なすべきことを明日に延ばすな」ということわざ通り、帰国から数か月経った今考えさせられます。実は「ニューイヤーコンサート プレビュー」からの興奮がまだ冷め切らない1月、中国から始まった新型コロナウィルスは瞬く間に世界中に広がり、パンデミットとなりました。学校は休校となり、その後非常事態宣言が発せられて、5月になっても外出は「自粛する」毎日です。 今後、騒動が収束しても、しばらくは以前のような生活には戻れないでしょう。感染防止のためにSocial distance を1〜2m間隔。きっと以前のように飛行機にも乗れず、航空運賃も高額になるのでは。

「ニューイヤーコンサート プレビュー」の旅が私たちにとって 「最後の海外旅行になるかも知れない」 。とは思いたくもありませんが。。。。 思わず、昨年「清水の舞台から飛び降りる」つもりでニューイヤーコンサートチケットを予約できたことに感謝です。

   今振り返ってみると、1週間のウィーン旅行でしたが、毎日が“まるで夢のような“ウィーンならではの充実した日々でした。これまでも何度かウィーンを訪ねましたが、いずれもツアー旅行であり、自由行動のわずかな時間を利用してIpp常子さんにお目にかかるのが常でした。今回は、航空券とホテルもインターネットで予約。意外と簡単にとることができ、ホット一息、一安心。いよいよ深夜午前2時、全日空で東京羽田発、ウィーン着は午前6時。早朝にも拘わらずIpp常子さんが空港にお出迎え。博物館などどこもまだオープンしていないとのことで、Ippさんのご自宅で一休みさせていただき、朝食後、旅の疲れも忘れて、早速、憧れの美術史美術館へ。Ippさんの案内は有名な絵を一通り見せるだけではなく、いつもストーリーを考えて案内してくれます。今回は、古いウィーンの街並みを描いた絵を何点か紹介して下さいました。これは明日からウィーンの街を歩くための予習のようにも思え、実際予備知識として参考にもなりました。ここは本当に何度来ても見飽きません。

   午後からは今回のメインテーマが「ニューイヤーコンサート プレビュー」を聴く「音楽の旅」ということで、音楽の都ウィーンに点在する音楽家の史跡探訪。パスクアラッティハウス(ベートーヴェン記念館)は、ウィーン大学の近くで、ここでベートーヴェンはオペラ「フィデリオ」や、多くの交響曲など作曲。部屋までの薄暗い螺旋階段をベートーヴェンが曲想を考えながら上ったその階段を今私も上っているのだと思うと不思議な感じでした。

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  パスクアラッティハウス周辺は端正なウィーンの街の佇まい。Ippさんから、実はこれらの建物も映画『第三の男』のロケ地になったところですよ。そのほかにもウィーンにはなんと『第三の男』のロケ地が60か所以上もあるそうです。しかも映画に登場する建物は今も昔も殆ど変わらず、それだけに大変興味深く、帰国後、早速映画『第三の男』を鑑賞し、あちこち実際歩いた場所が映ると2人で懐かしく、「また行きたいわね」と話しは弾みました。


   翌日ウィーンの街を散策中、「ここは昨日、美術史美術館で見た絵の場所ですよ。200年前と変わっていませんよ。」とIppさんの説明。古い街並みや伝統など大切に現在を生きるウィーンの人々に尊敬いたします。 ウィーン大学も外観は古くて重厚ですが、建物の中はモダンな設備です。ボルツマン(物理学者)、シュレーディンガー(量子力学)、ローレンツ(動物行動学者)、 ハイエク(経済学者)などノーベル賞受賞者、大学で教鞭をとったフロイト、ブルックナーなどの胸像、レリーフなど拝見すると、首都ウィーンがかつてのハプスブルグ帝国の居城・国際都市だったからこそ、いろいろな人材が集まり「ウィーン学派」と呼ばれるような学問・芸術・文化活動が繰り広げられたのでしょう。


   ウィーン最大の シュテファン大聖堂に向かうとモーツァルトハウス・ウィーンはすぐ近くです。ここで「フィガロの結婚」など多くの作品が作曲。部屋の窓からはウィーンの街並みが広がり、映画『アマデウス』を想像するかのようでした。クリスマスが終わったばかりで、クリスマスマーケットや飾り付けなど、オペラ座近辺ではその雰囲気と賑わいでいっぱいのケルントナー通りを通るころはもう夕暮れでホテルに向かいました。


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  ウィーン滞在3日目、まず王宮周辺から歴史的建造物を目の前にIppさんの説明を聞きながら散策。ちょうどヨーゼフ広場に出て来るとどこからともなく素晴らしいパイプオルガンの音が響き、思わず目の前のアウグスティーナ教会に足を運ぶとモーツァルトの「Pastralmess」曲。ミサのリハーサル中です。急遽予定を変更し、間もなく始まるミサに参列。ミサではミサ曲の演奏と司祭の聖書朗読、説教が交互に続き、時には参列者が聖歌を歌い、お祈りを唱えます。 私はミサに参列するのが初めてだったので、何もかもが珍しくて興味深く、貴重な体験でした。宮廷専属のアウグスティーナ教会には今もハプスブルグ家の人々の心臓が安置されています。

   最後の日はヨハン・シュトラウスもよく訪れたホテル近辺の老舗のカフェ「Cafe Sperl」 でウィーン名物の「ウィーンナーシュニッツェル」、デザートはアップルシュトルーデルをいただきました。

   今は外出も自粛・・・ということで、毎日家で旅行の写真を眺めてはウィーンでの楽しかったの日々を懐かしく思う昨今です。

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  しかし、ウィーンの夢から覚めると現実はまだまだコロナウイルスの影響がいつ終息するのかは想像することができない不安な日々です。しかしヨーロッパの歴史を振り返ると14世紀から17世紀末期にかけてヨーロッパを席巻したペストは今のコロナウイルスの影響以上にたいへんな被害。ウィーンのグラーベン通りにそびえるペスト記念柱はウィーンを襲ったペストの流行が収束したことを記念して1693年に設立。ペスト禍を乗り越えてウィーンの街は「復活」しました。 今ではウィーンは暮らしやすい街では世界一位です。


先日、マーラー作曲交響曲第2番「復活」を聴く機会があり、新型コロナウィルス禍の今に相応しい曲だと思いました。新型コロナウィルス禍からの「復活」を祈り、その歌詞の一部を掲げたいと思います。



マーラー作曲交響曲第2番「復活」第5楽章より



Mit Fluegeln, die ich mir errungen, 私が勝ち取った翼で、
werde ich entschweben! 私は飛び去っていこう!
Sterben werd' ich, um zu leben! 私は生きるために死のう!
Aufersteh'n, ja aufersteh'n wirst du, よみがえる、そうだ、おまえはよみがえるだろう、
Mein Herz, in einem Nu! わが心よ、ただちに!
Was du geschlagen, おまえが鼓動してきたものが
zu Gott wird es dich tragen! 神のもとへとおまえを運んでいくだろう!









  機内の窓から初日の出をみて、今年も良い年でありますようにと掌を合わせて拝んだ日を懐かしく思い、一日も早くコロナウイルスの収束をそして世界平和を願って、お祈りいたします。

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角田秀晴様、優子様 (大阪)


2020年01月01日   
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念願のニューイヤーコンサート

  「ウィーンフィルハーモニー交響楽団のニューイヤーコンサート」の案内がIpp常子さんから届いたのは2019年2月のことです。毎年1月1日にNHKテレビで実況中継されるニューイヤーコンサートは、一生に一度は聴いてみたいコンサートです。しかしチケット入手の難しさ、旅行会社でのツアーでは代金が高額であることから実現不可能であると思い込んでいました。実はニューイヤーコンサートは12月30日、31日、1月1日と同じプログラムの演奏会が3回開催されます。1月1日のみ全世界に衛星中継。30日の「ニューイヤーコンサート プレビュー」は同じプログラムでも値段も安く、しかもチケットが「確約手配可能」とのことだったので、まさしく「清水の舞台から飛び降りる」つもりで予約をしました。

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 12月30日(月)いよいよ「ニューイヤーコンサート プレビュー」の日。ウィーン楽友協会へはホテルから地下鉄で1駅、カールスプラッツ駅の真向かいです。楽友協会の周りには大勢の人々が集まり、NHKテレビのガラス張りの特設スタジオでは1月1日に備えて放送のリハーサルが始まっていました。
 楽友協会の建物の中は想像以上に荘厳で、これまで写真で見たり、聞いた通りの「ゴールデンホール」に感激!さらに、この日の中継セッテイングから綺麗な花々で装飾されたゴールデンホールは一段と輝き、わずか1744席と300の立ち見席で、世界中からのドレスアップされた紳士淑女たちと、その上私たちの座席が前から9列目と指揮者とオーケストラに近く、彼らと一体感を持って聴くことができたことに心から感激しました。
 指揮はアンドリス・ネルソンス。“ワルツ王” ヨハン・シュトラウス2世らシュトラウス家の楽曲を中心に、また今年2020年は生誕250周年を記念して特別にベートーヴェンの作品やフランツ・フォン・スッペの喜歌劇《軽騎兵》序曲などが演奏されました。最後は定番の「美しき青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」で会場は溢れんばかりの拍手喝采。客席には、軍服姿のオーストリア軍人が多かったのですが、もともと、30日の「ニューイヤーコンサート プレビュー」はオーストリア軍人のための演奏会だったのだそうです。コンサートは3日間全く同じプログラムです。会場には日本人も多かったのですが、たまたま隣に座ったご婦人はポーランドからいらしたそうで、ご一緒に写真を撮りました。
 ウィーンフィルハーモニー交響楽団は非常に性能のよいオーケストラで、指揮者のあらゆる要求に応える演奏と、かつ長い伝統に基づく独自の演奏スタイルを主張する楽団です。世界最高のオーケストラと言われるだけのことがあると思いました。日本でもウィーンフィルの演奏を聴くことができますが、彼らの本拠地である楽友協会で聴くことに値打ちがあるように思いました。 
ニューイヤーコンサートの余韻をいつまでも心に思いながらも、翌日12月31日はもう帰国日です。Ipp さんがウィーン空港まで見送って下さり、空港で“ またお会いいたしましょうね ? と約束してお別れしました。次回は、いよいよロングステイになるのでしょうか。
機上で日付変更、2020年1月1日、新年を迎え、東京間近の上空で、2020年の初日の出を機内の窓から眺め、今年も良い年でありますようにと掌を合わせて拝みました。
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佐藤光行様 (横浜市)


2019年11月11日   
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♪♪ 「我が夢の街ウイーン」 ♪♪

ウイーンでの長期滞在はこれまで私達にとって憧れの夢の世界でした。
そんな時、オーストリア公認国家ガイドのイップ常子さんに出会えたことから、いよいよ夢が実現出来る!そう確信を得ました。

私達夫婦と妻の妹の家族3人で2019年10月から11月にかけて3週間のウイーンでのロングステイが実現出来、人生の大きな思い出となりました。

オーストリアに半世紀以上も暮らし、素晴らしいご家族に囲まれ、オーストリアはもとより、近隣国ドイツ、東欧各地の文化、歴史、観光ガイド、 磁器収集家、ロングステイのお世話などなど、精力的に活動されていらっしゃるイップ常子さんのお人柄と情熱に助けられ「我が夢の街ウイーン」での至福の毎日を楽しむことが出来ました。
イップさんご夫妻のご自宅にまでお招き下さいました。
オーストリアの歴史、見どころ、オーストリアでの日常のことなど、時が経つのを忘れてのひと時でした。

私達が滞在したアパートは、ウイーン中心のシュテファン寺院から徒歩13分、オペラ座から5分、ナッシュマルクトから2分、地下鉄カールスプラッツ駅からも3分の距離にあって最高に便利なロケーションでした。
晩秋の中庭の木立に囲まれたアパートは、キングベッドルーム2部屋、モダンなキッチン、バスルーム、家具、レンジ、冷蔵庫、洗濯機、全体が北欧風のシックなインテリアでまとまって、 全てが理想的な新しいアパートで夢の生活を過ごすことが出来ました。アパートから徒歩1分には豊富な日本の食材などのマーケットもあり、地元の食材もスーパーで仕入れ、 美味しいワインと共に至福の時を過ごすことが出来ました。

帰国の際、なんと、日本での講演に出かけられるイップ常子さんと同じフライトになりました。
憧れのウイーンでの生活を体験出来て、人生の楽しみ方が広がりました。
また次にはウイーンを拠点に近隣国への旅行を計画したいと思っています。
イップさんありがとうございました。

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平井幸様 (倉敷市)


2019年10月27日   
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「夢の世界へチャレンジ できないことをやってみよう!」

2019年10月27日夜、関西空港から娘と二人でウィーンへ。2度目のウィーンの目的は団体旅行では行けない所へ行く。できないことをやってみよう!です。

約10年前に東欧三国ツアーでウィーンは訪問したことがありますが、自由時間はほとんど「買い物」にあてられるほどの短時間。

車窓からのみだったり、「あそこに入ってみたい!」 「TV番組でやっていたのに・・・」との心残りだらけでした。 自由時間にクリムトの「接吻」を見に行っただけでした。

前出の山ア様ご夫妻から「イップさんにご紹介いただいたアパートメントに滞在してのウィーン生活、旅行は楽しかったわ!是非チャレンジしてみれば!」ということ でイップ様にお世話になりました。

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空港からザッハーホテルへ、そこからはまるで夢の世界、映画の一場面。一休みし てから、歩き回る観光のはじまりです。 パン屋でパンを買いランチ、カプツィーナ納骨堂、聖ペーター教会、 シュテファン大聖堂のてっぺんにエレベーターで上り、ウィーンの街を一望。カフェ で時間をかけて、遅い晩ごはん。

翌日はイップ様にピックアップしていただきアパートメントへ。
映画ではよく見るようなアパートメントの部屋。窓からはとなりの建物の窓がのぞめ る。そう!裏窓の世界。 美術史博物館をイップ様にご案内いただき、併設されているカフェで ランチをご一緒させていただきました。


3日目は小荷物だけを持ち、一泊でザルツブルグへ。特急電車で約3時間、車内では 学生や観光客が入り交じり、オーストリアの日常生活を垣間見ることができました。 ウィーンから日帰り旅行も可能かもしれませんが、私たちは一泊してザルツブルグ旧 市街の観光だけでなく、市街からバスで約40分のところにある噴水や庭園で世界的に 有名なヘルブルン宮殿も訪れることができました。 11月からは冬季閉園ということで 本当にラッキーでした。ガイドツアーはドイツ語で理解できませんでしたが、カラク リで水の噴水が見られたり、ずぶぬれになったりで非常に楽しむことができました。
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ウィーンに帰ってからは、再び地下鉄とトラム、徒歩観光の毎日。 グローバルWifi、グーグルで地図(娘が駆使)私は口で指示のみ! ホーフブルク王宮でシシーの生活を想像。こんな街中の建物の中に? スペイン乗馬学校での人馬一体の素晴らしいパフォーマンスを堪能。 そのとなりには世界一美しいプルンクザールといわれる国立図書館。 ここはウィーン?と疑惑を招くようなフンデルトヴァッサーハウスとその周辺の街 並。映画『第三の男』で観たプラター公園の大観覧車。 オペラ座の日本語ガイドツアーで内部や舞台裏など見学。 シェーンブルン宮殿横から園内を巡るパノラマカーに乗り、動物園・植物園経由で、 小高い丘にそびえるグロリエッテへ。晩秋の夕暮れ、ライトアップに照らされた シェーンブルグ宮殿。

その合間の食事や休憩は、カフェでのんびり時間をかけて・・・・。 そのカフェも建物も街も何百年も前からのものです。 その中で長目の食事をしたところで、一瞬のものでしかない。 ハプスブルグ帝国時代から街の中に現代の日常があり、人々の確かな暮らしが過去か ら未来の様々な景色、出来事をつなげていっているのだと 実感することのできた旅でした。

日本とは違って時間の流れが実にゆったりです。カフェでは注文もお会計も係の人が 来てくれるまで待ちます。セカセカした時間を日本で過ごす私たちには逆にとまどう ことでもありましたが、娘との異文化体験の二人旅でした。しかし何かあればイップ 様が居てくださると思うと心強く安心して楽しめた一週間の旅でした。

イップ様、ありがとうございました。  またお会いできるのを楽しみにしています。


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諏訪邦彦様、智英子様 (前橋市)

   歴史の都ウィーンでのゴルフと音楽の旅

2019年05月14日   


 

毎週ゴルフをしないと体が鈍って、体調が悪くなると勝手に思い込んでせっせとゴルフ通いに明け暮れている私にとって、 観光旅行中でもゴルフができれば理想なのだと思っていました。 今回長い連休ができると知り、 音楽の好きな家内とゴルフ狂の私の両方が満足できる方法はないかと色々と探して、たどり着いたのが、 ウィーンでゴルフをしよう、でした。
ウィーン郊外に広大なる庭園をゴルフ場に改造されたシェーンボルン宮殿ゴルフ場がありました。私は始め、 名前がシェーンブルンに似ていたので、あのシェーンブルン宮殿の庭園でゴルフができるのかと勘違いしました。 郊外の小さな離宮の庭園を改造されたゴルフ場でした。周囲は高い塀に囲まれて外部から遮断され、静かな中で、 池がきれいに配置された素晴らしいコースです。フェアウェイもグリーンも良く管理されて、 グリーンもステインプメーターで9ヤード前後のほどよい速さでパットも楽しめました。  距離の表示はメートルなので、しばらく感覚が合わずに苦労をしましたが。宮殿に向かって打つショートホールは日本では味わえない気分のよい感覚です。 四時間程でラウンド終了し、宮殿で美味しいウィーン料理を常子さんの紹介で頂き、満足のゆくゴルフができました。
 
 

その後は、シェーンブルン宮殿の見学に向かいました。ここでは、常子さんの優しい、きめの細かい、 理解しやすい 説明で、ハプスブルグ家の歴史を伺い、初めてオーストリアの歴史を知ることができました。 日本で言えば、徳川家が1000年近く存続して様な印象です、 実にすごい家系なのだと圧倒されました。

 



旅行の最終日の前日は、2008年にオーストリアオープンが開催されたゴルフ場、”フォンタナ” でプレーができました。道路から入ると、 そこには白亜の立派な建物があり、クラブハウスとレストランでした。受付を済ませると、お土産を頂き、二人分のクラブを間引きして、 一つのゴルフバッグに入れてきた旨を話しても何ら「問題無いですよ」とにこやかに話して頂き、応対の良さに感激しました。 カートにはナビがついており、キャデイさんがいなくても迷わないようにプレーができました。バックナインの17,18には池がコースに沿ってあり、 プレーヤーに威圧感を与えます。池の正面には白亜の建物が遠くから横に広がって見えました。あたかも、白鳥が羽を広げているようです。 巨大な池の畔には、大きな日本ではみられない別荘がずらっと並んで、壮観でした。プレー終了後、やはり、 常子さんのお勧めで子牛のカツレツとサーモンのローストを頂きました。 
 



午後はベルベデーレ宮殿の見学に向かいました。ここはオスマントルコ軍を破ってオーストリアを窮地から救ったオイゲン公の夏の離宮で、 美しいバロック様式の宮殿です。大きく、見晴らしもよく、 ここで大戦後(1955年5月15日)オーストリア共和国が再独立した時の調印式が開催された記念すべき宮殿であることを説明して頂きました。 またここには、クリムトの有名な『接吻』という絵画があります。男と女の愛のはかなさと複雑性が一枚のこの絵の中に表現されていると、 常子さんに丁寧に、細かく説明して頂き、初めてこの絵を理解することができました。何十年とウィーンに住まわれ、子育てを終わられ、 深い教養と絶え間ない勉強に裏打ちされた説明を聞いているといろいろのことが抵抗なく体の中に入って行く感じがしました。
夜はオペラ座でバレエ公演を鑑賞することができました。出発前夜はアウエルスペルグ宮殿のコンサートも楽しむ事ができました。 ザルツブルグではホテルの近くの劇場でサウンドオブミュージックの公演も楽しむ事ができ、夫婦共々満足の良い旅行になりました。 常子さん無くしては、ウィーンの旅は楽しめません。 改めて、常子さんには感謝申し上げます。



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牧野一男様 (千葉県)

   「4月のウイーン」

2019年04月24日   


 

昨年に続いて今年もまたウイーンを訪ねました。4月下旬のある日、公認国家ガイドのIpp常子様に案内をお願致しました。 昨年はウイーンの北方を巡りましたので、今回は南の郊外での観光を楽しむことができました。


 
 

朝 ホテルから電車を乗り継ぎ、地下鉄U6の終点 ・Siebenhirtenで下車してIpp様と落合い、そこからIpp様の運転と観光案内でスタート。 最初に向かったのはゼーグロッテ(地底湖)。 目的地に近づき、小高い丘のあるところには、 中世の城塞リヒテンシュタイン城が深緑の木々の間に見え、まるで中世にタイムスリップした感じでした。 Ipp様から「現在私たちが走っています道路の真下は“ゼーグロッテ“と呼ばれヨーロッパ最大の地底湖です」 と説明を受け、早速入口から細い坑道を暫く歩くと、やがて大小の空間が現れ、 かって石灰石を採掘していた頃の痕跡・見学スポットがいくつもありました。 突然広場のようなところに出るとそこで大戦中に戦闘機を製造していた部品や機体の一部も展示されていました。 今日ではコンサートやイベントなども開催。洞窟の中は音響効果が抜群。最後のハイライトは、 地底湖での遊覧。暗く、静寂の地底湖の水の上をゆっくりと進むのは、不気味でもあり、 また幻想的でもありました。ひんやりと肌寒さした地底湖を後に途中、フランツ・ シューベルトがあの有名な『菩提樹』を作曲したところでフォトストップ。
 




若葉の美しい菩提樹を後に、途中森を突き抜けるとそこには12世紀頃建立された立派な修道院、ハイリゲンクロイツ修道院です。何百年に渡る歴史がその教会のファサードだけ拝見しても感じられました。 この修道院を訪問した時は丁度昼のミサが行こなわれており、修道士によるグレゴリアンチャントが歌われており、大聖堂の中の荘厳な響きにまるで中世にいるかのような夢幻的な雰囲気を感じました。 昼食は修道院のそばのレストランで魚料理をおいしくいただきました。午後の観光は、マイヤーリンクの「狩りの館」を訪れ、映画「うたかたの恋」の悲劇の場を感慨深く拝見。 夕食はホイリゲで、アコーデオン・ギターによるホイリゲ特有の音楽も少しばかりでしたが、楽しむことができました。
ウイーンはその少し前までの日は寒く、雨模様の気候だったそうですが、この日は素晴らしい快晴になり、気温も暖かく、観光には最高の日でした。 草木の緑が美しく萌えだし、花も咲き始めておりました。ウイーンには今まで何回か行ったことはありますが、4月は初めてで、素晴らしい天候と、懇切で行き届いたIpp様の説明・案内により、 4月のウイーンを心ゆくまで楽しむことができました。
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渡辺 厚良様, 悦子様 (浦安市)

   クーデンホーフ光子の足跡を巡るツアーに参加して

2018年10月1日   


 

恥ずかしながらクーデンホーフ光子さんの存在を知らなかった私が、何故このツアーに参加することになったのか。 社会人大学院に通い始めた夫が、ゼミの先生が町おこし事業(東京牛込神楽坂)でクーデンホーフ光子(以下光子とする)さんに関心があったことから、ウィーンに行くならその足跡を辿ってみたいと提案してきました。 その後の行動は早く、オーストリア日本人会に問い合わせをし、イップ常子さんをご紹介いただきました。
ツアーの概要はメールでご連絡いただいていたので、把握しているつもりでしたが、ツアーが始まると思わぬ展開に驚きを隠せないツアーとなりました。 今までもいろいろな現地ツアーに参加したことがありますが、それらとは全く違っていました。
まず、ガイドのイップ常子さんは知識が豊富であり、人脈を持たれています。依頼者の求めることを的確に把握し、それに応えるべくツアーを構成してくださいました。 そして光子が明治の人、イップ常子さんは昭和の人として、異国に渡り、その地に根を下ろして生きていらっしゃる姿が時代を超えて日本人女性として生きる姿が重なる印象をもちました。


 
 

今回のツアーではまず、EUの父と呼ばれるリヒャルド(光子の次男)の亡命前の住居を訪ね、そこの記念プレートの前で写真スポット。 次に、光子が眠っているヒッツィンガー墓地にそこには彼女の親戚や子供たちのお墓も訪れました。 お墓にキッコーマン醤油の瓶が供えられていたことが、光子とイップ常子さんを結び付けたきっかけになったとか。何とも不思議なご縁です。 その後、光子がウィーンに最初に移り住んだ館を訪れ、その荘厳な建物の前でいろいろ説明を聞き、また裏庭の様子などは、イップ常子さんが所有されている写真など拝見しました。

車に戻ると、イップ常子さんは金曜日の午後なので郊外のミュージアムの開館時間を確認され、館長さんが、ミュージアムの前でお迎えくださり、早速光子に関する展示室にご案内。 光子の写真や遺品である家紋入りのナプキンなどの展示品を次々と説明してくださいました。増々光子に関心を抱き、ドイツ語版の本や絵葉書なども購入しました。 次は、光子が晩年を過ごし最期を迎えた家です。 現在の家主は光子に仕えていた方の甥にあたる方で、彼の時代に屋根などモダンにリフォームされ、当時の面影はほとんど残っていません。
 




門構えの立派な家のファサードには光子がここに滞在していたという記念プレートが掲げられて、その2階の窓を指さされてそこで彼女がお亡くなりになったことを知らされました。 まさかウィーン滞在中に光子が住んでいた個人宅にお邪魔するなんて夢にも思っていなかったので、本当に嬉しい驚きでした。
貴重な資料も拝見させていただき、家主さんから当時のお話しなど聞かせていただき、和やかなひと時でした。 ウィーン市内に戻り光子の息子たちが通った学校を車窓からみてホテル着後、ツアー終了となりました。
このツアーで、出逢った皆さんの温かい心に触れることができ、今回の旅の一番の思い出となりました。 イップ常子さんのお人柄がなさせたツアーだと思います。 一気にウィーンが、そしてオーストリアが大好きになりました。 次回は、光子が過ごしたチェコのお城も訪れてみたいと思います。 わずか数時間のツアーで、こんなにガイドさんが心に残ったのは初めてです。 有難うございました
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牧野 一男様(千葉県)

2018年09月15日   


 

2018年7月上旬、以前にもお世話になった公認ガイドのIpp 常子様にウイーン市内を案内していただきました。

最初に訪れたのはウイーンの北の郊外にある「クロスターノイブルグ修道院」でした。ハプスブルグ家がオーストリアを支配する前の12世紀に建てられた歴史ある建造物とのことで、規模と壮麗さに圧倒させられましたが、これでも当初の計画の4分の1しかないというのは驚きです。
内部には沢山の貴重な資料や宝物があり、又オーストリア最古・最大と言われるワイン醸造所が併設され、販売もしておりました。

次に南に下り、レオポルヅベルグとカーレンベルグの丘の上から美しいウイーンの街並みを眺望した後、市内4区にある「第三の男」ミュージアム」を訪れました。ここはプライベート施設とのことで個人が運営しているとのことですが、ビルの数室を使って映画「第三の男」に関連した数多くの資料・記念物が展示されていました。
 
 


アントン カラスが実際に弾いたチターを目の前に、思わず懐かしいメロディーに心も動揺。感動の一瞬でした。
スタッフの女性は日本にいたことがあるとのことで日本語が話せ、そのせいか日本語による資料の展示室まであるのにはびっくりしました。

又Ipp様ご自身でも「第三の男」に関する資料・写真を沢山用意され、解説して下さったのには感激しました。
こうして、普通の観光ツアーではめったに行けない珍しいところをIpp様の適切な説明と共に楽しくも充実したウイーン観光をすることができたのは誠に嬉しいことでした。

 
 
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弓野 克彦様(東京都)


   18年ぶりにウイーンを訪れて
2018年09月15日   


 

駐在員としてドイツフランクフルトに滞在中(1997年ー2002年)、仕事で何回かウイーン訪問、しかしお客様と一度だけオペラ鑑賞。観光や美術館巡りなどできないままドイツ5年間の生活に幕を閉じました。欧州に住みながら素晴らしい音楽の都、芸術の都「ウイーン」を堪能できず私と家内はいつか再訪したいという強い気持ちを募らせていました。その後、あるご縁でウイーン海外サロンのイップさんと出会い、その願いが叶い、今年7月8日に1泊2日の短い旅でしたが、18年ぶりにその夢が実現したのです。

ウイーン初日は、イップさんとオペラ座のカフェで夕暮れに再会。彼女は、ちょうどガイドが終り、手には大きな写真集のような資料を持って、久々ぶりの再会に笑顔で私達を迎えてくれると、早速その資料を広げ、彼女のおしゃべりが始まり、私たちは、イップさんと会って数分もたたないうちにテンポの良い楽しい会話に夢中になり、気が付けば「イップズ・ワールド」の虜になっていたのでした。オペラ座を後に彼女の車でカーレンベルグの丘へ。ここからのウイーン市街の眺めは天候にも恵まれ絶好。そしてお次は、プラーター。ここはかつてのハプスブルグ家の狩猟場。現在はウィーン子の憩いの場。映画「第三の男」で世界的に有名になった大観覧車と言ってもまるで電車の1車両みたいな大きなゴンドラに乗り、絶景をゆっくり一望することができました。他のゴンドラ内で豪華なディナーなど楽しむ若いカップルたちを身近に見、生活を楽しむオーストリア人の気質を垣間見ることができました。この豪華なゴンドラは他のワゴンとは違いカーテンもテーブルグロスなど豪華な装飾でセッテイングされています。もちろん要予約制。

 
 

45年間ウイーン在住のイップさんの説明に酔い至福の時を過ごした私たちの一日目はあっという間に過ぎていきました。そして翌朝も快晴でハプスブルグ帝国の夏の離宮シェーンブルン宮殿を訪れました。ハプスブルグ家の家系図の前で歴史と人物相関を体系的に学んだ後、宮殿内の素晴らしいお部屋など案内していただき、広大な庭園を見ながらその当時の貴族の豊かな暮らしぶりをゆっくりと体感することができました。団体ツアー等では絶対に味わえない時間的にゆとりのある貴重な経験でした。シェーンブルン宮殿を後に英雄ブリッツ・オイゲン公の夏の離宮、ベルヴェデーレ宮殿へ。大理石の間ではトルコ軍との戦いの歴史や天井のフレスコ画の説明。次の間では何とクリムトの最高傑作「接吻」をゆっくり眺め堪能することができ大感激。ここのギャラリーにはクリムトの名画をはじめウイーン世紀末の名画なども多く、絵画好きな方には必見だと思いました。


昼食はイップさんのお勧めのイタリアレストラン。歴史と風情を感じるルネッサンス様式のサロンでビールを片手においしい料理をいただきながらゆっくりと談笑。これも団体ツアーでは絶対に味わうことのできない貴重な体験でした。午後の観光も彼女の案内でまず美貌のエリザベートの足跡を辿って皇帝の部屋とシシィ博物館、美術史博物館など思う存分鑑賞。またここでは、正面階段を上がったところの壁画上部に若きクリムトが描いた「エジプト」「古代ギリシャ」「イタリアルネッサンス」などの壁画をクリムト没後100周年ということで橋げたが設けられ、特別に近くで鑑賞することができたことも良い記念でした。このように私たちは異日常空間の中で、短時間でしたがウイーンを効率的に回ることができましたのもひとえにイップさんのお陰と心より感謝しています。

オーストリアは治安もよく、人々も優しく、自然、歴史、文化、絵画、音楽の宝庫です。特にウイーンは生活する上でも周辺諸国に向かうにも交通便も良く、ドイツ語が主流ですが英語も通じるので他の欧州都市と比べてもコミュニケーションもとりやすいのでお勧めです。このようにコンテンツの豊かな都市ウイーンは、短期旅行よりは、ゆっくり滞在し、美術館巡り、音楽鑑賞、周辺観光などを楽しんだりするのに最適です。次回、ウイーンを訪れるときは是非アパートメントを借りて夫婦でゆっくり滞在し、ウイーンの生活を十分に満喫したいと考えています。 この度は、イップさんに何から何にまで本当にお世話になりました。 また次回お会いできることを楽しみにしています。

アウフビーダーゼン!
 
 
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横山様(金沢市)


2018年8月1日   
 


アパートの居間
アパートの居間や寝室は、
いくつも絵が飾られていて、いい雰囲気
 
春のウィーン3か月の滞在

私は勤めている大学のサバティカル研修制度により、ウィーン大学で3か月間研究する機会を得た。ウィーンの気候についてはよく知らなかったが、今年の4月は晴れて驚くほど暑く、6月になって雨が多く寒くなるという地元の人たちも首をかしげる気候だった。また1日の気温差も激しくて体調管理が難しかった。

ウィーンは、ハプスブルク家が築いた帝国の首都として知られ、歴史的都市としてはその雰囲気を今なお色濃く残している一方、美しい街並みの裏には、街中のそこらに犬の小便の跡、物乞いのホームレス、ゴミや落書きも散見した。いろんな人種が行き交う街の雑踏はある意味懐かしい気もして、美しいばかりではない大都市の顔もある。

イップさんに紹介してもらった我々の住処は、そんな街の一角、Wiedenと呼ばれるウィーン4区の中、ヨハン・シュトラウス通りの近くにあった。町の中心であるカールスプラッツに近く、地下鉄、トラム、バスのどれにもすぐに乗れる環境で、交通の便は申し分なかった。その便利さから、大学が休みの日はいろいろな美術館・博物館を堪能した。





アパートの台所
アパートの台所。洗濯機にはドイツ語の
マニュアルしかなく、使い方に少し苦労した
 



自然史博物館と美術史美術館は疑いなくウィーンの観光名所の目玉である。驚くべきことに、これらはハプスブルク家の個人所有の美術品、博物学的標本の膨大なコレクションを自ら立派な建造物まで造って所蔵したところから始まっている。

現在美術史美術館ではクリムトの壁画を間近で見られるように足場が組んであり、彼の名を一躍有名にした独特の世界観のギリシャ風、エジプト風の人物群の絵が見られた。一方、自然史博物館の白眉はオーストリア国内で発見されたヴィレンドルフのヴィーナスで、縦11センチの大きさで思ったより小さいのだが、2万年から3万年前の旧石器時代を感じることができる傑作だ。日本の教科書で見たものも多く、実際見ると感慨深い。

自然史博物館は見学ツアーとして一般の人が入れない研究者用スペースを見ることができ、また屋根の上を歩いて、王宮、博物館エリアを含むウィーン中心地区を一望できる。これも天気の良い日に上ることができて眺望を楽しめた。




 


歯医者のドア
小さな歯医者の看板以外詳しいことはわからず、
開けるのに勇気がいった古いドア
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ウィーンの博物館は、その他にも地球儀博物館、エスペラント語博物館など変わったものまであげると枚挙にいとまがない。

オーストリア国立図書館の大広間(プルンクザール)も博物館として公開されており、グーテンベルク聖書、マインツ聖詩篇(世界記憶遺産)などが展示してある。さらにはそれらと別にミュージアムクォーターと呼ばれる美術館が集まった一画があり、その内のレオポルト美術館では、クリムトの若き友人とも弟子ともいわれる、エゴン・シーレの生涯について詳しく解説され、また有名な作品の数々を堪能することができた。

また、クリムトといえば、イップさんの紹介でウィーン在住日本人会の「クリムトウォーキング」というクリムト没後100年の記念イベントに参加させていただいた。ブルク劇場の天井画や最近発見されたその下絵、また場所を変えてクリムト最後のアトリエを、イップさんの解説付きで回ることができたのもいい思い出となった。

村田憲郎様ご家族(東京都)


2018年4月17日   
 


国会議事堂前にて
国会議事堂前にて
 

私は大学教員をやっておりますが、2017年4月から2018年3月までウィーン大学の客員研究員としてウィーンに滞在できることになり、妻と娘にも一緒に来てもらうことにしました。イップさんには日本を発つ前に連絡をとり、本住所を決めるまでの仮住まいの紹介、空港からアパートメントまでの案内などをしてくださることになりました。イップさんはウィーン空港で私たちの非常識に多い荷物を見て朗らかに笑われ、かなり無理をしてお車に詰め込んでいただきました。ぎゅうぎゅう詰めになったお車でしたが、初めてウィーンを訪れる興奮もあって、それからの道のりは学生時代に戻ったような楽しいドライブでした。

こうして私たちははじめからイップさんに親しみを感じておりました。イップさんもアパートメントの紹介のあとも、ビザや住居などの問題で困っていないかと、何かと気にかけられて連絡をくださり、またウィーンでの各種ツアーや文化的施設の見学などにも折に触れて誘っていただきました。好奇心旺盛でイベントなども大好きな妻は、若々しく活動的で明るいイップさんのことがすっかり好きになった様子で、娘を連れて多くのツアーに参加しました。

私自身も、国会議事堂ツアーとアウガルテンの工房ツアーに参加しました。国会議事堂ツアーは、大きく改装される計画を前に、最後に由緒あるホールなどをお見せしたいというご趣旨で企画されたそうで、正面にそびえる民主主義をつかさどる女神像やその他の古代の神々の意匠の由来から、大戦時に爆撃で一度破壊された大ホールの巨大な大理石の柱、壁に飾られた各州の紋章や旧帝国の地方代表が座った議席など、オーストリアの議会制の歴史についての詳しい解説とともに、貴重な施設を興味深く見学することができました。



村田様ご家族との楽しいひと時
村田様ご家族との楽しいひと時
 


アウガルテンについては、私たちがごく近所に住んでいたこともあって、子供を連れて何度も散歩した家族の思い出の場所なのですが、工房内が見学できるということで、帰国直前に参加しました。ミュージアムでは工房の歴史、王室で好まれたデザインや、時代ごとの流行や様式の変化などのお話があり、また実際に工房の中にも入って行程途中のものを見せていただきました。そのあと工房にあるカフェでケーキとお茶をいただき、また日本で待つ両親へのお土産にショップでカップを購入しました。

一度イップさんのお宅に家族三人を招待していただいたことがあります。家庭料理をふるまっていただき、ウィーン生活のあれこれについて感想を言ったりイップさんのお話を伺ったり、また子供部屋で娘と遊んでいただいたりしているうちに、あっというまに時間が過ぎてしまいました。お別れの時も、また来てくださいと温かくおっしゃってくださいました。

このようにイップさんには親しい友人のように私たち家族によくしていただきました。あらためてここに感謝いたしますとともに、今後もご機会がありましたらぜひまたお目にかかりたいと思っております。
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山内雅治様(宝塚市)


2018年3月30日   
 

プリトヴィツェ湖畔国立公園
プリトヴィツェ湖畔国立公園
 

常子さんは、お名前の通り、常に熱く丁寧なガイドをして頂けるので、毎年ガイドをお願いして、私たちのメンバーの一人のように楽しくすごしております。

私たちの我儘ツアーのお願いにも、適切なアドバイスとご対応をしていただき、安心してすべてをお任せしております。特に今年のクロアチアのプリトヴィツェ湖畔国立公園の希望に対しては、予定の1週間前に下調べに行き、大雪と凍結した滝の写真をお送りいただきました。その状態を見て、今回は半ばあきらめていましたが、時間を短縮して行ったところ、なんと雪はほとんど消えており、天候にも恵まれて、湖畔・滝つぼまでの長い下り坂も問題なく降りる事が出来ました。

滝のしぶき、虹、冷たい川の流れと静かな湖などなど、美しいクロアチアの大自然を、短い時間でしたが、満喫する事が出来てとても印象深かったです。今回も欲張りで我儘な希望を、天候までも変えてガイドしていただき、大いに感謝しております。



ポストイナ鍾乳洞
ポストイナ鍾乳洞
 


また、日本では、本来のウィーンとハプスブルク家の歴史を講演で熱く語られて、その博学と見識と絶えざる探求心には頭が下ります。本年も日本での講演があるとのことで、楽しみにしております。

毎回異なる国であっても常に適切なアドバイスと完璧なガイドをしていただきとても感謝しております。また、来年も同じ頃の我儘旅行にお付き合いをよろしくお願いします。次回はどこが良いでしょう? ベルギー?
 

プレッドヤマ洞窟城
プレッドヤマ洞窟城
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平尾秀夫様(東京都)


2017年10月10日   
 


キッツビュールのハイキング・フェスティバルにて
キッツビュールのハイキング・フェスティバルにて
 

約50日間のウィーン滞在

2年前に72歳でリタイアした後、体力の維持等のため、地域の諸施設を利用しながら、色々と活動してきましたが、わくわく感・うきうき感が少し不足しているのではないかと感じ始めました。

そんなとき、20数年前に行ったことのある素晴らしい都市のウィーンに一度住んでみたいと思い付きました。そのためロングステイ財団に入会し、ウィーンサロン(イップ常子さん)にメールで色々とご相談することにしました。
彼女には滞在期間中のアパートの手配をしていただくとともに、各地域への旅行計画等の検討に当たって多くのアドバイスをいただきました。

その結果、滞在期間は7月14日から8月31日までとし、3分の2はウィーンリンク内側・周辺とウィーンからのエクスカーションに充て、3分の1はこれまでに行ったことのないオーストリア内の地域(チロル地方、グラーツ、バート・ブルーマウ)と国外のバルセロナ、ポーランドのワルシャワ、クラクフへの旅行を計画いたしました。




グリンツィングのホイリゲにて
グリンツィングのホイリゲにて
 


オーストリアの人々は非常に優しく親切で、多くの人々が英語を話すので、コミュニケーションに困ることなく接することができました。また、町全体がゆったりとして、治安が非常に良く、安全には何の心配もありませんでしたし、適宜休養を取りながら余裕をもって対応したためか、夫婦ともに体調に何の問題もなく、快適に暮らすことができました。

こうしたことから、絵画(特にクリムト、シーレ、フンデルトヴァッサー、美術史博物館所蔵の名作)、音楽(特にザルツブルク音楽祭のウィーン・フィル。ほかには楽友協会、シェーンブルン宮殿、バルセロナ・カタルーニャ音楽堂、その他教会のコンサート、メルビッシュの湖上オペレッタなど)、建築物(特にオットー・ヴァーグナー、フンデルトヴァッサー設計のもの)、チロル地方でのハイキング・フェスティバル、多くの世界遺産、美しい景観等をじっくりと楽しみ、またおいしい白ワイン(ホイリゲなど)、料理、ケーキなどを味わいました。

これらはイップ常子さんとの50数回に及ぶメールのやりとりのお蔭であり、心より感謝しています。

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古田富彦様(東京都)

   日墺文化協会会員、ウィーン同好会会員、東洋大学地域活性化研究所客員研究員

2016年10月2日   


ホテルインペリアル、久し振りのヴィーナー・シュニッツェル
ホテルインペリアル、久し振りのヴィーナー・シュニッツェル
 

懐かしのウィーンを訪ねて

『月刊ウィーン』執筆者の一人、杉本純氏を囲むウィーン同好会として、安価な時期で自由に延泊できる旅行社を選び、2016年6月16日〜21日迄「オーストリア航空で行くウィーン7日間」ツアーを行い、その後6月21日〜27日の1週間をアパートメント・ホテルで過ごしました。

アウガルテンとプラター公園の散歩にとても便利で部屋も広くて心地よいアパートメント・ホテルに日墺文化協会ヴィーナーリートの会友人、本条勤氏と2人で滞在し、Longstay Austriaのイップ常子さんに紹介されました。


 
懐かしの友人宅訪問
懐かしの友人宅訪問
 



アパートメント・ホテルでは身の回り品と飲食物以外のもの、タオル、シャンプー、石鹸も含め必要なものがすべてが整えられ、清潔なツインベッドの大部屋とシングルベッドの小部屋の計2部屋で自炊もでき、安心して過ごすことができました。場所は2区。国立オペラ座などへ中心街にはトラムまたは地下鉄U2で20分程度。部屋は毎日清掃され、滞在費は2人1泊当り73.3ユーロとお値打ちでした。1ヶ月〜3ヶ月、もしくは6ヶ月など長期間、ご夫婦やご家族で滞在される場合はもっと安価になるでしょう。

ウィーンでは観光、音楽、ワイン、コーヒー、食事、ショッピング、散策など、歴史や文化を感じつつ生活を十分満喫することができます。また、ウィーンの森とマイヤーリンク、バーデン、セメリンク、ヴァッハウ渓谷など近郊の観光、さらには車で1時間程度のチェコ、スロバキア、ハンガリーへの異国観光も楽しむことができます。緊急時などニーズに応じてすべてイップ常子さんにお世話していただきました。

 

没後100年「フランツ・ヨーゼフ1世」ツアーに参加
没後100年「フランツ・ヨーゼフ1世」ツアーに参加



わたしは1970年代に5年間ウィーンに住んでおりましたが、あれから40年。懐かしのウィーンを訪ね、人は変われど全く昔のままのホッフツァイレ旧住居、ハイリゲンシュタット、ベートーベンの小路、グリンツィングのホイリゲ、カーレンベルクの丘などを訪ね、本当に癒された懐古旅行でした。

オペラ、オペレッタ、ウィーンフィル演奏会、音楽喫茶、ホイリゲやドナウクルーズでのヴィーナーリート(ウィーンの歌)を観賞し、ウィーン料理、ワイン、ケーキ、コーヒーを堪能し、私自身の80歳の誕生日を祝うとともに素晴らしい人生に感謝し、無事帰国しました。

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佐藤様ご夫妻


2016年7月18日   


シュヴェヒャート空港にて
シュヴェヒャート空港にて
 

我々夫婦はまだまだ時間がなく、海外に行けてもせいぜい8〜10日ぐらいです。
ようやく旅先に慣れたころに帰国し、そしてまた、いつもの忙しい毎日が始まる…。
そんな旅を繰り返ししてるうちに、いつかはゆっくりと滞在するようにアパートを借りて、生活したいという思いが強くなってきました。
でも、いつかそのうちにと言ってるだけで、なかなか行動できませんでした。
ですが今回、わずか10日間ではありますが、常子さんから紹介してもらい、ウィーン中心地のアパートでの生活が実現しました。
なぜウィーンか。それは、昨年初めて3日間だけウィーンを訪れた時、街のあちこちから教会の鐘の音が聞こえ、そして夜にはいたるところでコンサートがあることを知ったからです。
こんな街でゆったりと過ごしたくなりました。
ロングステイとはなんでしょうか。一週間という人もいれば、一か月、そして数か月という人もいるでしょう。私は、その人がその時に持つことが出来る期間の滞在でいいと思います。
 
アパート外観
アパート外観
 


生活するように滞在する体験はとても貴重なものでした。
今回のアパートはとにかくきれい。
センス良くリフォームされ、日本とは違うキッチン、特に換気扇がおしゃれです。
近くには高級スーパーもあります。
アパートでは住人とも出会い、気軽に挨拶をし、我々はまるでもうここの住人になったかのようでした。

ウィーン市内にはたくさん観光するところがあります。
我々はブダペストに一泊の小旅行もしました。ウィーンからブタペストへは電車で片道2時間です。
ウィーンから気軽に行ける国は他にもたくさんあります。そうなの? と思った方は、どうぞ今すぐ地図を広げてみてください。納得されると思います。

 

アパート室内
アパート室内


私は常子さんとは3度お会いしただけです。
1度目は、昨年2015年、ロングステイの説明会で。
2度目は今回、4月28日にウィーンの空港に迎えに来てくださった時。
3度目は、空港まで送ってくださった時です。

しかし、帰国の時は常子さんと抱き合いました。
実際にお会いしたのはたった3度だけですが、ウィーン行きが決まった段階で、細かなことに不安を持った私が何度も常子さんにメールをし、その度に丁寧なお答えをいただいていたのです。そのお陰で充実したウィーンでの生活ができたことに、感謝の気持から涙があふれてきました。

興味があるけど勇気がない、でも体験したいと思ってる方、思い切って常子さんに連絡してみてはいかがでしょうか?
ウィーンは音楽が心を豊かにしてくれる街です。
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菅 亮彦様、美奈子様、希斗様(神戸市)


2016年4月30日   
ウィーン市立公園にて
ウィーン市立公園にて
 

今回、16日間という日程でウィーン旅行(チェスキー・クルムロフ、プラハへ4日間含む)を楽しみました。子供が小学生の間に長期海外旅行(欧米人にとっては長期とはいえないようですが)を経験しておきたく、春休みを1週間前倒しにして、ウィーンに行くことにしました。

新婚旅行ではツアー参加で、パリ6連泊というプランでしたが、超過密スケジュール! それなりに楽しめましたが、やはり歴史の詰まったヨーロッパを1週間やそこらでは…と感じながら帰国したのを覚えています。
そのため、今回は何とか時間をやりくりし、思いきって個人旅行にトライしてみることにしました。まず、ガイドさん探しから始めてみることにしましたが、検索してすぐに今回お世話になったイップさんのサイトに出会い、内容を読ませて頂いた結果、「この方なら大丈夫!!」とすぐにお願いすることに決めました。

本当にイップさんに出会えたことが今回の旅の成功につながったのです。長期滞在に適したロケーションのアパートを確保して下さり、空港でお会いした瞬間、様々な不安が吹き飛びました。初日には公共交通機関の使用方法、スーパー等での買い物方法等を丁寧に教えて頂き、次の日からはトラム・地下鉄を使いこなすことができました(笑)! 観光ガイドさんとしても優秀な方ですが、現地での生活や文化に対しても興味深くお話しして下さり、異文化に初めて接する子供にとってもいい刺激になったと思っています。ウィーンの街それ自体に魅力があるのは当然ですが、イップさんから得られる、ガイドブックには無い情報や感性が一層ウィーンの魅力を引き立ててくれました。また、私たちの要望を重要視して下さり、本当に私たちを温かく見守ってくださいました。「ウィーン滞在中、何か困ったことがあればイップさんを頼れば大丈夫!」とういう安心感からか、ウィーンで暮らしているかのような、ゆったりとした気持ちで楽しむことができました。
 
プラハにて
プラハにて
 

滞在中、子供に少し疲れが出たときには、一日中アパートでトランプをして過ごしたり(笑)、美術史博物館にて開館から閉館までじっくり時間をかけて名画を鑑賞したり(昼食も喫茶も館内の素敵なカフェで)、かの有名なカフェで朝食をとったり、プラターをサイクリングしたり…等、本当に素敵なかけがえのない時間を過ごすことができました。

いろいろと魅力的な国々は多いでしょうが、初めて個人旅行にトライするにはウィーンは本当に良いと思います。見どころ満載ですし(今回見ることができなかった箇所がたくさん!)、広すぎず、狭すぎず、街並も美しい!! 近隣諸国へのアクセスも良好です。一番感心させられたのが、多国籍文化で、良い意味で様々な国々の文化や個人がお互いを尊重しあい、また自己主張ができること。そして何よりも治安がいいこと!
8歳の子供と一緒でもリラックスして、自然・芸術・音楽に触れることができました。

今回の旅で、その国のもつ歴史や背景についてガイドして下さる方が必要不可欠な存在だと痛感しました。
私たちはイップさんに出会えたことに感謝しています。
空港でお別れするときに、4年後にまた、彼女にお会いしにこの地を訪れたいという気持ちを強く抱き、ウィーンをあとにしました。

 
国立歌劇場にて
国立歌劇場にて

以下は子供の文章です。

ぼくが一番楽しかったことは、チェスキー・クルムロフのおしろで走り回ったことです。
僕が心配だったことは、テロがおきないかなと心配でした。でもぜんぜんそんなことありませんでした。
日本のいいところは、スーパーが毎日えいぎょうしてる。ウィーンのいいところは、ほんもののポニーがひいてるメリーゴーランドがある。
日本とちがうところは、マスクをしない。
ぼくが、行って楽しかったことは、シェーンブルン宮殿で野生のリスを見れたことです。
次、したいことは、ドナウ川でクルーズすることです。
イップさんは、ゆっくり時間をとってくれて、せつめいもわかりやすくて、よかったです。ぼくにとって、ウィーンのおばあちゃんみたいな人でした。(またあいたいです。)

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長山郁惠様(大阪府)


2016年3月30日   
シェーンブルンにて
シェーンブルンにて

2015年9月末、結婚1周年の思い出としてオーストリア9日間の旅をしました。
最初の4日間はザルツブルグを個人散策、後半4日間はイップ・常子さんにウィーン個人ツアーをお願いしました。ツアー中、言葉では言い表せない感動が沢山あったのですが、少しでも文字に残せたらと思い、こちらに書き記しておきます。

1日目:シェーンブルン宮殿とハイリゲンシュタット散策
まずはウィーン西駅に近いシェーンブルン宮殿からツアースタート。世界史は高校時代の知識しかありませんが、常子さんの軽やかなガイドでハプスブルク家のややこしい人物相関が見事に紐解かれ、宮殿の素晴らしい部屋や装飾がより一層鮮やかに見えました。団体ツアーでは気になることがあっても質問しにくいのですが、今回は個人ツアーなので常子さんに何でも訊くことができ、またその度にハプスブルク家の歴史が目の前に広がっていきました。ハイリゲンシュタットでは、遺書の家やベートーヴェン小道、ベートーヴェンの像などを歩いて回りました。手持ちのガイドブックに地図が掲載されていましたが非常に小さく、思っていたよりも道が細く曲がりくねっているため、常子さんがいなければ確実に迷子になるところでした。また葡萄の収穫時期と丁度重なり、偶然にもトラック一杯に積まれた白葡萄を目にすることが出来ました。

2日目:メルク修道院とヴァッハウ渓谷
ウィーンから車で1時間と少し。ウィーンとは全く異なる中世都市・メルクと丘に建てられたメルク修道院を目にした時、まるで別の国に来たような衝撃を受けました。修道院では豪華絢爛な装飾品が飾られ、常子さんの趣深い語りで当時の教会の権力とハプスブルク家の影響を実感しました。昼食後はヴァッハウ渓谷ドナウ川クルーズへ。様々な古城や村、そして山肌一面に広がる葡萄畑が私達を出迎えてくれました。ドゥルンシュタインで下船し街を散策していたら、葡萄の収穫時期しか飲めない発酵途中のワイン・Sturmを偶然にも頂くことが出来ました。夫婦ともにワインが大好きなので、これは非常に嬉しい偶然となりました。また今年はとりわけ寒く、道中で急遽防寒具を購入することになったのですが、常子さんの案内で素敵な民族衣装に出会うことが出来ました。余談ですが、帰国してから日本も冷えるようになり、実用性とデザイン性を兼ね備えた民族衣装を愛用しています。

3日目:ウィーン市内と少年合唱団
1日目にも少し市内を回りましたが、市内観光は国立図書館、アウグスティナー教会、カプツィーナー納骨堂、王宮博物館、シシィ博物館と盛り沢山でした。団体ツアーではきっと1ヶ所1時間も回れないと思いますが、今回は倍近い時間を掛けてゆっくり楽しめました。昼食後はウィーン経済大学へ。2020年東京オリンピックの国立競技場で話題となったザハ・ハディド氏の建築があり、新旧の歴史が混在するウィーンの面白さを体験できました。夕方はウィーン少年合唱団のコンサートを堪能し、天使の歌声に酔いしれる最終日夜となりました。
個人ツアーの醍醐味は何といっても厳しい時間制限がありません。あらゆる場所に各々深い歴史がありますが、1つ1つじっくり楽しめる時間が作れます。また常子さんのガイドは広く深くウィットに富んでいて、まさに光陰矢の如く過ぎ去りました。ウィーン再訪はもちろん、今度はザルツブルグや他のヨーロッパ都市でもツアーをお願いしたいです。
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石原様ご夫妻(マレーシア)


2015年10月5日   
シェーンブルン宮殿
シェーンブルン宮殿

2015年8月後半から2週間強、フランス、ドイツ、スイス、オーストリアを夫婦で旅しました。

私はマレーシアに24年ほど住み、仕事でマレーシアに来る日本人のロングステイのサポートを長くしておりますので、海外を旅するとその国にロングステイしたらどうなるか自然に調べ、考えます。
ウィーンでは、ロングステイ財団のウィーンサロンを運営され、40年以上ウィーン在住のイップ常子さんにお会いしてウィーンを案内して頂きました。

その結果、ウィーンは日本人のロングステイに適した都市と言う事が良く判りました。その理由は以下です。

1) 治安が良く、外国人が多くコスモポリタンな都市で日本人も地元に溶け込め易そうな印象。

2) モーツァルト、ベートベン、ハイドン等が活躍した音楽の都としてクラシック音楽、オペラ等をいつでも存分に楽しむ事が出来る。

3) 神聖ローマ帝国を長く治めたハプスブルク家のお膝元として、豪華な宮殿、王宮、教会、博物館等の見所も多く、ヨーロッパ文化を堪能出来る。

4) 食事が美味しく、特にケーキ王国として知られる程スィーツ関連が充実。ワインやビールも美味しく安い。日本食や中華料理店も多く、洋食に飽きた時に助かる。

5) 車で30分から1時間程の所にヴァッハウ渓谷と言う景勝地もあり、ドナウ川下り、中世のお城、ワイナリー巡りも楽しめる。

6) ヨーロッパの中央に位置している為、ウィーンを拠点に近隣のドイツ、チェコ、ハンガリー、スイス、イタリアへ鉄道やドライブ旅行で容易に行ける。

7) ドイツ語が第一言語だが、英語もかなり通じる。日本人観光客も多いので、日本語での情報の入手が可能。日本人医師も開業している。

メルク修道院
メルク修道院
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物価は、全体的には日本並みだと思いますが、パン、ハム、チーズ、ワイン、ビール等は種類が豊富で日本より安いと感じました。ただしカフェ、レストラン等の外食は日本より高いと思います。

宿泊先は、ホテル以外にアパートを短期で借りる事も可能とイップさんから聞きました。ヨーロッパは、バケーション・レンタルと言って別荘を使わない期間安価に賃貸するシステムが確立しています。それを活用し、自炊中心の生活をすればウィーンでもリーズナブルな費用でロングステイ出来ると思います。

そしてウィーンに40年以上住み、国家公認ガイドとしてオーストリアを知り尽くしたイップさんに色々な事を相談すれば、快適で安心なウィーンでのロングステイができると思います。
今回の旅で私達夫婦はすっかりウィーンのファンになりました。将来機会があれば、是非ウィーンに1ヶ月程滞在し、ヨーロッパ文化や近隣諸国への旅を楽しみたいと思います。

Mr.&Mrs.エフ様


2015年10月5日   
アパート外観
アパート外観(黄色)

私達はここ10年余り、毎年日本の夏をはさむ1〜6ヶ月間海外に滞在するのを楽しみにしています。一箇所に留まる滞在型で、これまで訪ねた場所はカナダ8割、ヨーロッパ2割くらいです。

今年は7〜8月の2ヶ月間をウィーンの友人お薦めのアパートで過ごしました。
いつもは行く先の国の言葉を少しは勉強するのですが、ウィーンではほとんどの人が英語がわかるというので、ドイツ語はゼロ状態でした。

ウィーンは、安全、安心、便利な街です。タクシーでぼられることはなく、お店でおつりを間違われることはありません。サービス料をあらかじめ勘定に入れたりもしない。日本と違い内税なので、メニューで見た金額どおりの請求が来るのも実に信頼性があります。レストランではかごにパンが盛られて出てきますが、食べなければチャージもしないしくみです。(まるで日本の「お通し」のように、出しただけでチャージする国もありますが)
そして人種差別がありません。有名なカフェなどはいろんな人種の人々がいるのが当然で、人種の違いすら感じていないのか? と思うほどです。
市場のおばさん達はドイツ語しか話さない方もいて、英語が通じないからか、または忙しいせいか、ドイツ語を話すお客さんとの間で扱いの差を感じましたが、これは人種差別ではなく、人見知りに属することでしょう。
機転のきくおばさんは、金額を英語で言うかわりに、その分のお金を手に乗せて、これだけちょうだいと見せました(笑)

地下鉄はわかりやすく、トラム、バスも隅々まであり、時間も正確、本数もかなりあり、金曜日、土曜日は午前3時くらいまで動いているそうです。
そんな時間でも、なにも問題はないと在住の方が太鼓判でした。
月単位で切符を購入すると安く、どれでも乗り放題なのが本当に便利!

地底湖・ゼーグロッテ
地底湖・ゼーグロッテ
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イップさんには主人が日本でお会いしたことがあり、生活が落ち着いてからご連絡をとらせていただき、お会いしました。
イップさんのウィーンへ来た頃のお話の中にでてきた「地底湖」に行きたくなり、ツアーをお願いしました。楽しい解説と豊富な知識で、それは楽しいツアーでした。

ついでに回っていただいたマイヤーリンクでは時間の関係で説明しきれないお話がたくさんあるようでしたので、2度目は新王宮関係のツアーもお願いしました。自分だけで眺めたら、ただ棺桶の博物館となりそうなカプチーナ礼拝堂も、イップさんのお話で歴史がいきいきとうずまく舞台の中に変わります。

第三の男のツアー、アウガルテン陶器絵付けツアーなどなどまだまだお願いしたいツアーはありましたが、それは次回のお楽しみにします。

村野雄一様


2015年8月10日   
ウィーン・国立歌劇場
ウィーン・国立歌劇場

海外は仕事で短期に出かける事が殆どで、夫婦での海外旅行は数10回ほどで北米が中心でした。15年ほど前からヨーロッパ旅行を始めて以来ヨーロッパの魅力に取りつかれ、年に数回訪れるようになりました。旅行は自分で全て手配して1ヵ所に数日滞在しその国で2週間位過ごすと言う方法で、移動ばかりのツアーでは経験できない旅をしてきました。特に歴史のある芸術文化的な街が好きで、その中でもオーストリアはお気に入りの一つでした。

ヨーロッパの文化は日々動いており、また文化、経済が連動しているため、同時期に各国を訪問しないと文化も歴史も理解(体感)出来ない事、そして日本から12時間以上のフライトで各国を回るより拠点を構えて各国を訪問するのがBestと考えました。
2ヵ月程度滞在でき、住みやすくハブ空港となる場所をウィーンとフィレンツェを候補にアパート探しを始めたのが2014年末でした。インターネットで色々探しましたが日本人の感覚が今一つ理解できないのか上手い物件が見つからなかった時に偶然イップさんのサイトを見つけコンタクトを取ったところ、非常に快く物件を探してくれました。拠点が決まれば、飛行機の手配、各国の訪問計画など約2ヵ月間のスケジュールを作り、2015年5月に日本を出発しました。

スワロフスキー・クリスタルワールド
スワロフスキー・クリスタルワールド
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アパートは路面電車の駅の近くでウィーンの中心であるオペラ座まで4駅の好立地でした。ここを第2の自宅としてヨーロッパの旅をしました。訪問地は、アテネ、エーゲ海の島々、ニース、モナコ、ツール、レンヌ、パリ、グラーツ、インスブルク、ミュンヘン、クラフク、ワルシャワ、ベルリン、ドレスデン、コペンハーゲンとその他で、アパートには2週間ほどしか実質滞在しませんでした。ウィーンの街にも訪れたい処は盛り沢山でしたが、飛行機でヨーロッパの何処にでも数時間で行ける街でもあります。 国内旅行の感覚でヨーロッパ各国を訪問し、数時間で我が家(ウィーン)に帰れるのは素晴しい事でした。

今回の(長期滞在+旅行)と言う試みを成功に導いた大きな要因は、拠点の選択が非常にうまく行った事です。ウィーンという場所とアパートを紹介頂いたイップさんに大変感謝しております。2ヶ月も居たのに出たり入ったりで結局着いた日と帰国の日にしかお会いできませんでしたが、次回ゆっくりお会いしたいと思っております。

山崎泰子様(倉敷市)


2015年4月30日   
ウィーン・ブルク劇場にて
ウィーン・ブルク劇場にて

イップさんからご紹介していただいたアパートメントでの生活はウィーンを訪れる私の憧れでした。

今回の旅行でそのアパートメント生活が実現いたしました。
前回訪れた時、今回宿泊させていただくことになったアパートメントをすでに見学させて頂いておりましたので、お部屋のタイプはすぐ決まりました。
日程は9泊で、そのうち2泊はプラハ行きです。
プラハへ出かける時も荷物を部屋に置いて小鞄で出発でき安心でした。

ウィーン滞在中は毎日大通りにある何件ものパン屋を探して入り、ドイツパンとウィーンのコーヒーを頂くのが日課になりました。
商店主との朝のやり取りの会話が、片言の英語で通じたときには、とても朝から気持ちの良い一日になりました。

毎日自分の思う時間にアパートメントから出かけ、お昼の時間は観光、食事、ショッピングです。
旅の目的は観光場所を多く選ばず、1日1カ所のペースで時間を気にせず訪れてみたいと思っていました。

アパートメント・寝室
アパートメント・寝室
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そしてゆっくりとした時間が流れ、自分の計画通りにウィーンでの生活ができ、宿泊もホテルより格安でアットホームな雰囲気でした。
また交通の便が良く、特に地下鉄の駅が近く治安も良いため、ウィーン中心地へ出かけるのに非常に便利な場所です。
次回もアパートメント生活にしようと思っております。

今回は、大人3人で旅をしましたが、家族、特に孫たちにもウィーンでの生活を楽しませてやりたい気持ちです。
アパートメントで生活して、ウィーンの人たちの優しさや親切な心を感じた旅となりました。

ウィーンでの滞在中、お世話していただいたイップさんに心より感謝申し上げます。

駐オーストリア特命全権大使 岩谷滋雄様


2015年1月25日   

私は2010年から2013年まで3年間ウィーンに駐在しましたが、その間イップさんが案内役をつとめられた市内のウォーキングツアーに家内と共にほとんど欠かさず参加しました。

イップさんの説明は名調子で、しかも色々な歴史的な出来事を沢山頭に入れておられるので、聞いていて楽しく、しかも大変勉強になりました。

全て面白かったのですが、特に楽しめたのは「第三の男」ツアーでした。
案内していただいた映画の撮影場所が今も一つ一つ記憶に残っています。

イップさんにはこれからもお元気で、もっともっと多くの日本人にウィーンの魅力を伝えていっていただけることを期待しています。
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川口桃子様


2015年1月10日   

ウィーンでの6ヶ月

30年程前に芽生えた私の小さな願望、ロングステイ。2010年の下見旅行を経て、常子さんという方と出会い、4年後の2014年に実現しました。常子さんと家族の協力、なによりも神様の御加護のおかげだと感謝しています。

6ヶ月間のウィーン滞在中は、近隣諸国、オーストリア国内旅行等、観光もふくめてウィーンで日常をおくる、人々の暮らしぶりにふれる、という事に重点をおきました。地元の食材を使って料理したり、楽しい日々をおくる事ができました。

初めての海外ひとり滞在で正直、不安な気持ちがありましたが、常子さんと、家族のサポートでなんとか無事過せました。また常子さんは忙しい中、お宅へも招いてくださり心づくしの手料理をいただき、オーストリアと日本の異なる点などを話し合い楽しかったです。

6ヶ月間数々の思い出が残りましたが、モーツァルトハウスでのコンサートの不思議な感動、スフィンクス展望台から見たアルプスの山々、ヴルタヴァ川に流れるスメタナの曲、等など忘れられない思い出となりました。

数々の優しさと親切をくれたウィーンの人達、常子さん、協力してくれた人達、そして6ヶ月間私へ微笑んでくれた神様へ感謝します。

VielenDank       


モーツァルトハウス
ウィーン、モーツァルトハウスにて
アパートメントの窓から
アパートメントの窓から
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60代ご夫婦(千葉市)


2014年10月1日   
スイス・ユングフラウヨッホ
スイス・ユングフラウヨッホ

一度はゆっくりと中欧諸国を旅してみたいものだと思っていた。ここには歴史があり、また雄大な自然がある。ふと思いついたのはロングステイだ。ウィーンに拠点を置けば、オーストリアはもちろんスイス、チェコそしてハンガリーなど周辺諸国に足を延ばせる。事前の計画に縛られず、気ままに行ってみよう。そんな思いで、まずフライトとロングステイアパートだけ日本で予約した。

ウィーン到着後ハプスブルク家の栄華を偲ぶ数々の史跡を常子・イップさんのガイドで見学。その後レンタカーでスイスに向かった。途中ハルシュタット、ザルツブルクに立ち寄った。ホテルの予約は、前日か当日になってから電話で取った。街の中のホテルでなくても、車があるので少々田舎でもかまわない。むしろ田舎のほうが、安くて済むし地元料理も楽しみだ。

スイスでは、サンモリッツ、ツェルマットそしてユングフラウヨッホと足を進めるにつれて、自然の雄大さが増してくる。ヨーロッパ一高いユングフラウヨッホの頂上に立ったときは、雲ひとつない快晴。しばし晩夏の陽を浴びた。ツェルマットに滞在中マッターホルンの山麓を5時間ほどトレッキング。ヤッホホー。気分も爽快。途中遅咲きの一輪のエーデルワイスに出会った。草原では、牛や羊がのんびりと草をほおばっている。カウベルの音がうるさいほどにあたりは静寂だ。

帰りはベルンからザンクト・ガレン経由の北周り。途中メルクに立ち寄って、バッハウ渓谷の舟下り。スイスのあの雪解け水が、このドナウ川の大河となって大型船の行き交う物流路線となっていると思うと、自然の織りなす相互作用は、うまくできているものだとつくづく感心する。

一度アパートに戻り、今度は電車でハンガリーに向かうことにした。トカイには貴腐ブドウワインがある。昔からぜひ行ってみたいと思っていた所である。小さなこの町には、いろいろな種類のワインがあり、試飲させてくれる。今回の旅の思い出の唯一のお土産にトカイワインを一本買って帰ることにした。首都ブダペストの街は、ウィーンに勝るとも劣らず美しい。特にドナウ川を挟んで両岸の夜景は、夜11時を回っていたが見てよかったと思った。

ハンガリー・トカイ
ハンガリー・トカイ
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再度ウィーンに戻って、今度はチェコに。今度も電車で行くことにした。途中チェスキー・クルムロフに立ち寄った。プラハの街にも観光客が溢れていた。今が一番の観光シーズンなのか、暑くもなく寒くもない。

不要な荷物はアパートに置いたまま、身軽に出かけられる。そしてその場その時に応じて計画を立てられるところがロングステイのいいところだ。そんな気ままな3週間もアッという間に過ぎてしまった。

どこの国に行っても、老若男女を問わず親切だ。道を聞けば丁寧に教えてくれる。地下鉄と路面電車の運賃は、一本化されていて一日一回チケットを買えば乗り放題だ。トイレはきれいで匂いもしない。これがお客様を迎える本当の「おもてなし」ではないのかと思った。観光客を呼び込もうとしており、そして2020年にオリンピックが開催される日本の「おもてなし」の本質はどこに?…などと考えながら帰国の途についた。

PN ホワイトアスパラガス様


2013年12月10日   
ザンクト・マルガレーテン野外オペラ
ザンクト・マルガレーテン野外オペラ

2度目の訪問、真夏のウィーンにて…

その時は、オペラ、バレエや、クラシックコンサート鑑賞をメインに、王宮・教会・美術館と、観光名所の数々を見学しながら、行動範囲をウィーン市内に限定して存分に満喫しました。
一度目の訪問は4年前の5月。

そして食事は…ホテルダイニングから歴史的なカフェ、モダンレストランに至るまで「メニューに間違いがありませんか?」と、ウェイターに心配される程、食べ尽くしていた様な、そんなかすかな記憶もあります。
そして5月という季節柄、旬の食材である「ホワイトアスパラガス」を本当に美味しく、沢山食しました。
行きたい所がいっぱいありすぎて「まだ…」「もう一度…」と、うしろ髪を引かれる思いで帰ってきました。

そして、今夏。2度目のウィーン訪問が実現しました。
今回は10日間程の滞在中に、隣国へも脚を伸ばすなど、我々としてはかなりアクティブな計画を立てました。
ウィーン市内はガイドブックに丁寧な案内があり、移動手段もトラムという路面電車が便利で快適、自分達だけでも充分に散策可能ですが、郊外へ、隣国へともなるとそう簡単なことでもなくて、そこでご登場願ったのは、至福の旅へと導く、我らが頼もしきプロフェッショナルガイド「マダムIpp」です。

イップさんとは、前回の旅で「ウィーンの森」をご案内戴いた時が初対面でしたが、その時から、次回訪問の時には、イップさんに…と勝手に決めていました。

郊外訪問時のガイドやルートの設定などをお願いして、ブダペスト、そしてブラチスラヴァへの日帰り小旅行へと行き、ウィーンとは又一味違った雰囲気を楽しんで、それぞれの都市、国の歴史にも、僅かながら触れる事が出来ました。
そんな小旅行の中で、特に印象深く心に残った場所は、ウィーン郊外、ヨーロッパ最古の石切り場のひとつ、と言われる、切り立った岩壁、その非日常空間ともいえる舞台で繰り広げられる、ザンクト・マルガレーテン野外オペラでした。

演目はプッチーニ『ラ・ボエーム』。夜とはいえ、真夏の屋外ステージで、「真冬のパリの悲恋物語」に共感出来るのか?
そんな心配が嘘のように、石切り場というダイナミックなステージと屋外ならではの、壮大で完成度の高い舞台装飾と装置、大勢の出演者が客席側から登場したり、爆音と共に花火を打ち上げたりと、星空の下で、とてもスケールの大きなエンターテイメントを存分に楽しみました。

オペラ会場へと向かう途中に立ち寄った「ハイドンが眠る教会」の厳かで、静寂な佇まいに襟を正して、感慨に耽り、そして「コウノトリと共存する街・ルスト」では美しい家並と、どの屋根にもある煙突に造られた鳥の巣と、オブジェのごとき立派なコウノトリの姿を目の当たりにして、我々は自身の想定以上に感動して、とても幸せな気分になりました。

コウノトリと共存する街・ルスト
コウノトリと共存する街・ルスト
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ウィーン市内では、応用美術博物館MAKにあるMAKカフェ、カジュアルな雰囲気で心地良いテラスレストランは、軽い気持でちょっと立ち寄った場所ですが、料理が美味しく、そして細やかなサービスがとてもさり気なくて、我々は滞在中2回ランチに行きました。一度目は、美術館は休館でしたが、カフェは満席。
周辺のビジネスマンでしょうか、何組かのビジネスランチのグループで、とても賑わっていました。

その他にも、オットー・ワーグナー設計の教会や美術史美術館の絵画コレクション、国立図書館プルンクザールなど、とても有名な場所ですが、実物の美しさに圧倒されて、今回もまた、「何度でも足を運びたくなる場所」が本当に沢山できました。

そして、次回へと楽しみを残して帰路につきました。
近い将来、3度目のウィーン訪問がある事を願って。

在ウィーン国際機関日本政府代表部次席大使 大澤勉様


2013年11月15日   
イップさん、ウィーン滞在中は本当にお世話になりました。

イップさんのウォーキングツアーは、日本人会の各種行事の中でも、私が最も楽しみにしていたイベントの一つでした。
日程が決まると、すぐに申し込みをすると共に、日程を手帳に記入し、できるだけ他の用事を入れないように努めました。
結局、私の在勤中は、「皆勤賞」でした。
シシー、マーラー、クリムト、第3の男、ウィーンのユダヤ人、軍事博物館など、ウィーンに関係の深いテーマについて、毎回歩いて現場を訪れるというのは、それだけでも面白い体験でしたが、それぞれのテーマに関する興味深い話をイップさん特有の話術で聞けるというのは、とても楽しく、ウィーンの素晴らしい思い出になりました。
本当にありがとうございました。
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福味様 (東京都)


2013年11月15日   
イップ邸でのご当地料理実習
イップ邸でのご当地料理実習

このたび私達は、日本ロングステイ財団とその委嘱先でオーストリア公認ガイドでもいらっしゃる常子・イップさんのお世話になり、ウィーンでのプチステイとザルツカンマーグート地方への小旅行を楽しんだ。
以下に、ウィーンでの生活感想と全体的な観光感想と云う視点で、それらの概要を記してみたい。

1. 生活実感と生活文化関連
ウィーンは、緑が美しく静かで平和的な、適度な大きさの住み易い都会であった。スーパーマーケット、繁華街のブランドショップともに宵の内に閉店し、人々も、早寝、早起き、真面目でお行儀がよく、しっかりと自分を把握し行動する都会人と云った感じであった。拝借したアパートも、外観は古くても屋内はピカピカに磨き上げられた最新設備の誠に気持ちのよい住処であった。

諸物価は我が国よりかなり安い。食べ物は、東欧の影響が強く、多様で、ワインも、ミルクも、チーズも美味。イップ邸でのご当地料理実習では、二重丸の出来栄えのターフェルシュピッツ、苦心のザッハトルテ、新スタイルのピーチトルテであったが、その後は、これらとイップさん絵付けのアウガルデン食器を用いてディナーパーティを催して下さった。
ウィーンが誇るレストラン、シュタイラーエックでの食事も、美味、華麗にとどまらず、ウイットとユーモアを交えて和んだ雰囲気創りまで深く配慮が行き届き、我が国では出会えない心憎いまでのものであった。K. u K.(王室・皇室御用達)の称号を持つハイナーの伝統的な美しさに輝くケーキも素晴らしい。コーヒーでは、ブラウナーが美味。帰国後、我家のお茶にもウィーン・スタイルが進出、ターフェルシュピッツの実習成果も加わり、食文化面での多様化効果を享受している。ウィーンは、美食面ではパリに次ぐ都会ではなかろうか。

メトロポリタン歌劇場のシャンデリアを製作した、世界的なカリクリスタルガラス食器とシャンデリアメーカーであるロブマイヤーの工房を見学したが、上記の食文化ともどもハプスブルク王朝文化の名残と現代感覚の共存共栄のようなものを感じ、大変興味深かった。
最後に言葉の問題であるが、当地はドイツ語圏である。しかし、市内では英語併用が進んでいるので、複雑な問題に出会わない限り、ウィーンでは、日常的には英語のみでも暮らせるように感じた。しかし万一の場合や住居手配なども考えると現地居住の人によるサポートはやはり必要であろう。

2. 芸術文化、自然観光関連
音楽関係は夏季シーズンオフ中であったが、数々の名画を所蔵する美術史博物館、貴重な資料の残る国立図書館、クリムト絵画のベルヴェデーレ宮殿、ハプスブルク王朝歴史館でもある王宮、シェーンブルン宮殿、技術進歩を競うユニークな応用美術館、ハイリゲンシュタットのベートヴェン小路・エロイカ通り、ハプスブルク王家ご子孫のサルバトール卿と写真を共にしたバート・イシュルの狩猟館などなど、短期間であるが多くの見学、観光を行った。これらについては一般の観光案内書に譲るが、中でも鮮烈な印象を受けたのは、ハルシュタット博物館の後期青銅器時代の文化遺品の展示であった。これらは、当時の衣類、靴、作業工具や背嚢、アクセサリー等々、誠にリアルに保存されていて、当時の生活内容ばかりか先人の高い文化水準までも知ることができ、貴重な人類遺産と思うと同時に、時代を超えた人類の偉大な力のようなものを感じ、強い感銘を受けた。

ツヴァイフェルホルン山頂のハンググライダー
ツヴァイフェルホルン山頂のハンググライダー
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また、可憐な高山植物が咲き誇るザルツカンマーグートのツヴァイフェルホルン山頂からは、風を待って色とりどりのハンググライダーが飛び立ち、ザンクトギルゲン湖の上の山間を悠然と飛び交う様は、美しく、長閑で爽快。素晴らしい光景であった。

おわりに
今回、私達は有意義なプチステイを楽しませて頂いた。お世話下さったご関係の方々に厚くお礼を申し上げたい。最近オーストリアでも警官連続射殺事件があり、海外旅行には相応の用心が必要と再認識したが、次の機会は音楽シーズンに、チロルなどの地方訪問なども含め、ハプスブルク時代からの高水準の文化がコンパクトに凝縮されているウィーン生活をノンビリと楽しみたいと思っている。

永池秀一様 紀子様 (静岡県)


2012年11月3日   
ハイドン生家
ローラウ村・ハイドン生家

9月4日定刻通りウィーン国際空港に到着、常子・イップさんの出迎えを受け、私たちの36日間のオーストリア・ウィーンでのロングステイが始まりました。
今回は、ロングステイに対するサポート体制が充実し、歴史の重み、観光資源の豊富さ、地理上の優位性及び生活面での利便性から、ウィーン滞在に決めましました。

常子・イップさんに、ベートーベン・モーツァルト・ハイドンに縁の名所旧跡の探索をメインテーマに、2日間にわたりウィーン旧市内・ハイリゲンシュタット・アイゼンシュタットをご案内戴き、ガイドブックにない所をくまなく見る事が出来たことは、とても印象的でした。特にローラウ村にあるハイドンの生家を訪れた時は、ロングステイがゆえに時間の制約が無く、ここまで足を運ぶ事が出来たとの思いを強く持つ事が出来ました。
これらの名所旧跡を巡り、数百年にわたり当時のまま保存されている姿に接し、歴史の重みと保存に対する熱意に驚嘆させられました。

ウィーンには小旅行中を除き、実質24日滞在したことになりますが、この間勿論定番の王宮観光、博物館めぐり、王宮礼拝堂での日曜ミサなど精力的に出掛け観光客の一面を見せつつ、暇が在ればウィーン動物園でパンダ・コアラを見たり、シェーンブルン宮殿の森で野生のリスや小鳥に手渡しで餌を与えたり、リンクの裏道を歩いたりとウィーンの市民に近い生活も体験することができ、とても有意義な時間でした。ただ、これだけの時間を費やしても、どれほどリンクの中を歩き廻っても、ウィーンをすべて見つくす事が出来たとはとても言い難いのがまさに実感です。

ウィーン滞在中、ザルツブルグ・ハルシュタット・プラハ・ブダペストにも旅行をしました。特に、ハルシュタットの湖面に映える町並みの美しさと、ザルツカンマーグートの雄大さは、いまだ脳裏に残っています。
来年、再度オーストリアを訪ね、今回の旅行で果たせなかったウィーン交響楽団の定期演奏会の観賞、ハイリゲンブルートでのトレッキング、ドナウ河、チェスキー・クルムロフ(チェコ)観光など、やり残した事に再度チャレンジしたいと考えています。
今回のウィーン滞在をサポートして下さった常子・イップさんをはじめロングステイ財団ウィーンオフィスの皆さんに改めて御礼申し上げます。

シェーンブルン庭園のリス
シェーンブルン庭園のリス
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2012年9月4日から36日間の滞在費用概算 (2人分)


外食・小旅行費用を除く

アパート代(清掃費込) 1,660ユーロ
食費 1,000ユーロ
交通費(市内) 200ユーロ
博物館入館費等 100ユーロ
合計 2,960ユーロ (約296,000円)

加藤隆治様 幸子様 (愛知県)


2012年10月10日   
シェーンブルン宮殿
シェーンブルン宮殿

滞在期間は2週間。ウィーン国際空港で常子・イップさんに出迎えてもらい早速アパートメントへ。
途中、ウィーン市内を通りながら現地オリエンテーションを受けたのは大変参考になりました。感謝申し上げます。

今回のウィーン旅行の動機は、音楽の都ウィーンへの憧れとユーロ安でした。憧れの街を象徴する歌劇場を回り、オペラ、ミュージカルなど存分に堪能できました。立見席を利用すれば本番オペラが格安で楽しめます。(ただし体力勝負ですが‥)
また、各教会でもコンサートが頻繁に開かれていますので情報さえつかめば、荘厳な教会音楽を楽しむ事が出来ます。ただコンサートの帰りは夜遅くなり治安の問題がありますが、ウィーンは治安環境が整っているのでまずは安心。(もちろん注意するに越したことはありませんが‥)

2週間滞在したアパートメントは、ウィーン郊外の丘陵地の中にある別荘のような建物でした。特に浴室の真ん中に構えたトルコ風の大きな浴槽(写真)には驚かされました。

今回のウィーン旅行で感じた中でまず良かった点としては、
  • 気候が爽やか。季節のタイミングが良かったのでしょうか、気温30度と暑くてもサラッとしていて日本の蒸し暑さは忘れさせてくれます。
  • 市内観光は公共交通網が便利。市内観光の足として地下鉄、路面電車、バスが旧市内を縦横に走っており、割安な72時間フリーパスを購入すれば3日間乗り放題できます。さらにウィーンカード購入すると72時間フリーパス+観光ツァー割引付きです。私達も大いに利用しました。
  • ビールはとにかく安い。ワインも悪くないけどビールはコーヒーやジュースより格安で味もしっかりしています。私はお水代わりに地元産ビールを頂きました。

失敗した点も上げておきましょう。
  • 自動販売機は日本の方が上かな。地下鉄の切符、有料トイレなどでたまたま故障機だったのか3回とも失敗しお金は戻りませんでした。
  • エスカレーターの立つ側やバス停など感覚的に日本式通行で行動してしまうと、うっかりマナー違反になっていたりバスを乗過ごすことになりかねません。

ウィーン旧市内観光は足で歩き回るには適当な大きさであり、本場コンサートやハプスブルク帝国の遺産をじっくり鑑賞でき充実した旅行でした。

アパートのバスルーム
アパートのバスルーム
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2012年 8月31日〜9月14日(14泊) 滞在費用 (2人分)


宿泊費 1,020ユーロ
食費・交通費・レジャー費等 2,080ユーロ
合計 3,100ユーロ (約310,000円)

今津毅様 (神奈川県)


2012年10月10日   
シェーンブルン宮殿
シェーンブルン宮殿

2012年8月30日より9月6日までの8日間にわたりウィーンとザルツブルクを旅してきました。
現地到着が夕刻のため初日は軽い時差ボケを覚えましたが、街中を散策することで解消に努めました。
2日目に訪れたシェーンブルン宮殿は圧巻でしたね。1441室あるうちの40室だけの見学でしたが、各部屋ともハプスブルク家の当時の繁栄を物語る調度品や装飾品の数々に目を惹きつけられたのを思い出します。
またベルベデーレ宮殿ではクリムト生誕150周年の特別展が開催されており、かの有名な「接吻」を含め様々な絵画を鑑賞することができ満足でした。

ヴァッハウ渓谷の日帰り観光では鮮やかなメルクの修道院を訪問し中世の歴史に触れ、ドナウ川クルーズで風光明媚な景色を楽しみ、下船したドゥルンシュタインの街では中心に聳える修道院教会の水色の塔やイギリスのリチャード王に因むケーンリンガー城跡に登り眼下に広がるドナウの眺めに圧倒されました。

ザルツブルクの街も素晴らしかったです。ミラベル宮殿の美しさやモーツァルトの生家など旧市街と新市街の景観は印象深いものがありました。
ザルツカンマーグートの日帰り観光も素敵でした。ハルシュタットは一見の価値がある場所です。他の街々も趣きがあり、サウンド・オブ・ミュージックの世界に引き込まれました。
グラーツにも足を延ばしましたが、そこも世界遺産に相応しい街でした。
またオーストリアは食事もお酒も美味しいですよ。肉・魚・野菜・ビールにワインなど、すべてが日本人の好みに合うと思います。レストランでホイリゲで、その絶品の味を堪能しました。

今回訪れた場所以外にも多くの見どころがあるそうです。
昨年、日本でイップさんと知り合う機会を得て今回のガイドをお願いしました。我々の希望通りのアレンジをしていただき、とても満足の行く充実したものとなりました。20年ぶりのヨーロッパ、そして初のオーストリアへの思い出に残る旅になりました。常子さん、ありがとうございました。

ハルシュタット
ハルシュタット
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山際美恵子様 (埼玉県)


2012年7月28日   
モーツアルト像の前で
モーツアルト像の前で

到着日はロングステイ・ウィーンサロン担当者、常子・イップさんに空港で出迎えていただき、アパートへ。
彼女からアパートの使用法やその近辺の地理、ウィーン市内の観光スポットなどについて、30分ほどのオリエンテーションを受けた。

翌日には旅の疲れも忘れ、早速地下鉄を利用してオペラ座付近まで出かけ、モーツアルト像を訪れた。2003年のツアー旅行の時は車窓から眺めただけだったモーツアルト像の前で、自分が33年前に演奏したピアノソナタを懐かしく思い出し、銅像のそばの芝生に寝転んで、真っ青な空に樹木の囁きさえ聞こえて来るような自由なひと時を満喫した。
帰りに近くのスーパーに立ち寄り買い物をする。アパートの清潔なキッチンには花模様のお皿や、トースター、湯沸かし器などがすべて完備されている。さっそく軽食作り、と持参した日本食などでアット・ホームな気分を味わった。外出時にはいつもペットボトルに入れた自慢のお茶を持ち歩く事ができる。キッチン付きのアパートの良さを充分に堪能した。

ウィーンの良さは水道水が飲める事だ。今迄の海外旅行とは違い水の確保が簡単で、その上無料。これは長期滞在には大変お得な話だ。また、今回はツアー旅行とは違い、毎朝、自分達の体調に合わせて、時間を気にすることなく好きな食事を取ることが出来る。天候や気分次第でその日の行動も臨機応変に決めることが出来、自由に過ごせる。
ハイリゲンシュタットのベートーベンの散歩道を訪れたり、王宮庭園散策を始めとした市内観光をしたり、コンサートを訪れたり。王宮礼拝堂のミサではウィーン少年合唱団の歌声に感動した。

ザルツブルグ日帰り列車旅行では常子・イップさんに一日ガイドをお願いした。お陰で短期間ではあったが効率良く行動出来た。今回の旅の最大の利点はこの自由を満喫し、思う存分自分の足で歩ける幸せを実感できたことだ。
滞在中は予想外によい天候に恵まれ、暑い日が続いたが、日本と違い湿気が少ないので行動し易い。朝夕はヒンヤリする為、夜の寝心地は快適だった。アパートの寝室は東側の窓からの朝日が眩しいほど入り、明るい。85m2のアパートはとても快適で、どの窓辺にも色とりどりの花などが植えられ、生き生きとして幸せそう。今日一日を精一杯美しく咲きたいと、誇らしげに約束しているかのようだ。

アパートのキッチン
アパートのキッチン
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2012年 6月14日〜22日 (7泊) ウィーン滞在費用内訳 (2人分)


宿泊費 520ユーロ
食費 250ユーロ
交通費 400ユーロ (ザルツブルグ往復交通費を含む)
合計 1,170ユーロ (約117,000円)

Longstay Austria  Ipp KG
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